――そして、ダムに爆弾を仕掛け、その爆発によりダム内の水が村へと襲いかかった。しかし直前に近隣のスキー場で雪崩が発生、ことなきを得た。現在、雪崩が起きた原因の詳細は分かっていない。
この件での死者は報告されていないが、小学一年生の江戸川コナン君(7)が雪崩に巻き込まれ軽傷であるとの事である。
[※黒羽快斗の場合]
「! ぶはっ」
「ち、ちょっと汚いなぁ!」
盛大に飲んでいた飲料を吹き出したのを見て、中森青子は目の前に座っていた幼馴染を睨んだ。もしかしたら自分の制服にかかるという惨事になっていたかもしれないのだ。もう、と小さく息を吐きながら非難の意思を見せながらも持っていたタオルを差し出すと、彼は礼を言いつつ零した水を拭いていく。なんだか疲れた表情の幼馴染に青子は首を傾げた。
「どうしたの快斗、誰か知り合いでも載ってた?」
「へ? あ、ああ、いや、そうじゃねーけど」
快斗が噴出したおかげで若干汚れてしまったのは、先ほどまで彼が手にしていた新聞紙だった。今時の高校生にも関わらず、快斗はよく新聞を授業前に持ち込んで読んだりするのだ。
「でも、今日はキッドの記事もないし……あ、さては好きなアイドルかなんかが結婚した記事でも見つけたんでしょー?」
「ば、ちげーよ!」
何かをひらめいたような口調は、文字通り完全的外れの言葉だったのだけれど、勢い余っての全力否定は、逆に青子は誤魔化しているととってしまったらしい。
「あー、怪しいんだ。残念だったね、快斗」
「だ、だからちげーって言ってんだろ! おいこら青子!」
ひどく馬鹿にしたような口調の青子に誤解を解こうとして快斗は立ち上がるが、タイミングを見計らった様に教師が入って来てしまった。そうして仕方なしにそのまま座って軽くため息を吐いたのと、予鈴がタイミング良く鳴った。
こうして平和な高校生生活は始まりを迎えるのだ。
授業中開始直前。青子から借りたタオルを机の角において、新聞紙を適当にたたんで全ての元凶のような記事にもう一度目を通した。
朝から飲んでいた水をぶち撒けたのは、習慣づいた新聞記事を読んでいたことに起因するが、もちろんアイドルの結婚記事なんかではない。新聞一面に堂々と乗っているのは事件や事故のニュースに他ならないのだけれど。
(……なにやってんだあの名探偵)
多少水に濡れてしまった記事の写真が映し出すのは、膨大な水の流れをせき止めた雪の塊だった。記事の内容は曖昧だったが、詳細は知らずともその小学生が雪崩を起こしたくらい想像に堅かった。どうやったかなんて方法は分からなくても、この際どうでもいい。
前に偶然見ていたテレビ中継もずいぶんと驚いたが、一体彼は何を考えているのだろうかと一度聞いてみたくなる。結局のところあの風貌とどう見ても小学生であるという外見で全て有耶無耶になってはいるのだろうけれど。
しかしそれにしてもトンネル内の爆弾を発見するわ、警察に指示を出すわ、挙句の果てに雪崩を止めるとは。
確か飛行船のジャックはつい最近の出来事ではなかっただろうか。
(やっぱり出来るだけ出逢いたくねー奴だな本当。トラブルメーカーってやつなんじゃねーの?)
いっそ弟を心配する兄のような心境は、只の高校生がするならいざ知らず、快斗も快斗であの怪盗キッドの正体であるからきっと彼がこのことを知ったら嫌そうな顔をするだろうが、快斗がそれに気付くはずもない。
(……もうちょっと落ち着けないもんかねぇ?)
そうして一見、只の男子高校生黒羽快斗は、一瞥した記事に引き攣った笑みを落として自分のことをひどく棚にあげた一言を放つのだった。
***
[※遠山和葉の場合]
「おばちゃん、それホンマに!?」
服部家に木霊したのは、遠山和葉の声だった。
「朝早うから、新聞見た瞬間に東京行く言うてな。そりゃ、あっちゅう間に仕度して出て行きよったで」
「東京言うたかて絶対蘭ちゃんのとこやんか。平次のやつ、また一人だけなんてずるいわ……!」
頷きながらまるで手本のような仕草でお茶を啜る、幼馴染の母親の側で和葉はぐったりと項垂れた。
遠山和葉の幼馴染はよく東京へと向かう。けれど理由は限られていて、大抵米花町の毛利探偵事務所か、彼が酷く気にしている工藤新一という人物に絡んだ時の二つくらいだ。ちなみに後者は限って数日前からそわそわしだすこともあるから、今回の理由は確実に前者だろう。
「ホンマ堪忍な、理由聞く間もなくすぐにいきよってからに」
「お、おばちゃんは悪うないって! ただ、私も蘭ちゃんに会いたかったなぁ思て」
あわあわと手を降って、用意されたお茶をゆっくり口につける。
自分の境遇というべきか、状況に似た同じ年の女の子を思い出して和葉は息を吐いた。尤も、境遇が似ているのは幼馴染との関係性だったり武道をやっていることだったり、自分の中での幼馴染のポジションだったりするだけで、和葉はどうあがいても彼女にはなれないと考えている。
なにしろあんなに優しくて可愛い彼女でなければ、初対面であんなに冷たい態度はとらなかっただろうし、誤解が解けたあとにこんなに仲良くなることもなかっただろう。
「平次が用事あったのは、違う相手みたいやけどな」
「へ?」
彼女とその幼馴染に対する今考えると完全に的外れな言葉の端々を思い出して軽く項垂れている傍で、静華は少しだけシワになっている今日の朝刊を寄越して見せる。
「えっと……――ってこれコナン君やん! ってことは平次」
「エラい心配しとったで。なんや知らんけど、少し嬉しそうにも見えたんやけど」
なんでやろ、と首を傾げた静華に彼女も倣う。
ここ半年でよくよく遊ぶようになったのは、平次が気にしている工藤新一ではなく新聞に記載されている江戸川コナンという人物であった。前者は前者で自分の知らないところでよく連絡をとっているらしいけれど。
「……平次って子供そない好きやったんかな。仲良えし、よく二人で話してん」
「特に子供好きなんて、そんな覚えないんやけどねぇ」
「コナン君は他の子よりめっちゃ頭ええし、落ち着いてる子やけどなぁ」
事件が起こるたびに二人でよくこそこそ喋っている姿を思い出す。子供嫌いという印象はなかったけれどそれでも特別子供好きという印象だってない。幼馴染で十数年一緒にいたって分からないこともあるものだろうだろうか、そういえば前に親戚の子を連れてきたときはコナン君ほど仲良くはならなかったなぁ、と思い出す。
「平次とコナン君、あない仲ええ理由ってなんやろ?」
「ほんま、なんやろな」
首を傾げたままの二人は疑問符を並べながら今度こそゆっくりとお茶を飲み干した。
確かにしっかりした落ち着いた子だと思う。あの少年が自分たちと同じ年になったときには一体どんな変貌を遂げているのだろう。考えても仕方ないことが脳裏に過ぎって消え去った。
(ま、しゃーないな。平次が帰ってきたらコナン君と蘭ちゃん達の様子でも聞かせてもらわんと)
そう呟いて服部家を後にする、太陽は一番高くまで上っている。
あの幼馴染の帰還はきっと夕暮れを過ぎ去った後に違いないと、根拠はないけれど和葉は確信しながら空を仰いだ。