我が帝丹高校には知名度の高い人間がいる。
 それは例えばこの推理クイーン鈴木園子様だったり、美人で強い空手部主将だったり、イケメン保健医だったり、だ。
 それでも有名人と名高いのはやはり彼であった。


「なぁ毛利、工藤のヤツ知らねえ?」
「あ、毛利さん。さっき先生が工藤君探してたよー、何処にいるか知らない?」
「毛利先輩! あ、あの工藤先輩は今どこに……っ」

「大変ねぇ……」
 毎日怒濤のごとく声をかけられる私の親友、毛利蘭に呆れたような声を掛ける。校舎から出るだけでこの質問の嵐、もはや恒例行事だ。隣の蘭の顔も同じようなものだった。
「私だっていつも新一と一緒にいる訳じゃないのにね」
「あらー、そうかしら? お宅の旦那、探偵だサッカーだ、ってしてる以外は大抵蘭のそばにいるでしょ」
「いないわよ! あと旦那でもないし!」
 ぷん、と、顔を背けて歩き出す蘭を追う。耳が紅いけれど少し笑みが浮かんでいるあたり満更でもないってことかしら。成長したわね。なんて頭に浮かぶ。
 蘭と新一君が幼なじみなのは周知の事実だ。けれど私だって同じ時期に知り合ったのだから、あの気障な幼なじみが蘭にどれだけ長い間片想いをしていたのかを、知りたくはないのにそれはそれはよく知っている。
 もっとも、そのうち三分の二くらいはほぼ両想いなのだから、さっさと告白しなさいよとは私じゃなくても思うところだけれど。

 さんざん置いてけぼりを食らわせた新一君は、帰ってくると同時に大きな事件を解決していたらしい。大きすぎてよく分からないけれど、私個人としては結構な怪我をしていたのに、すぐに蘭のところに顔を出してきたことだけは誉めてあげた。死ぬ怪我ではないのだからと包帯まみれでただいまを言った姿はそれは気障だったけれど、蘭は心配しながら嬉しそうに笑っていてやっぱり私の親友は可愛いのだと再確認する。

「でもでも、新一のことばかり聞いてきて蘭困っちゃう〜! でしょ?」
「あのねぇ……」
「告白かもしれないわよぉ〜?」
 口元を抑えながら笑ってやれば、呆れた顔が収まって少しだけ疲れた顔を見せた。
「告白ねぇ……」
「おや〜? もうそんなの慣れたって顔ね? 流石にあの気障ったらしでも、彼女が出来れば収まるものかしらね」
 もはやいっそ名物化しているからか、バレンタインの数はすごいし、いっそ憐れむ量だけれど、こと告白は減っているはずだ。だって新一君と蘭が付き合ってるって言い振らしたのは他ならぬ私なのだから。せっかく手に入れた親友の幸せへの障害を少しでも減らしたいという私の思いやりなのだけれど、それをちっとも分かってないのよね、この二人。
「別にそう言う訳じゃないけど……今はそれより」
「それより?」
「あっ、蘭さん!」
 校舎から出て校門を出たら、また蘭を呼び止める声が聞こえた。誰だろうかと思えばたまに見る刑事さんだ。もしかしてまた事件? 別に新一君は良いかもしれないけど、ちょっとは頼らないで自分達で解決して欲しい、なんて考えていると蘭は困ったように笑って答えた。
「どうしたんですか?」
「工藤君、進学するって本当?」
 唐突な質問をされて、私は首を傾げる。
 その隣で蘭は続けて言う。
「ああ、まぁ、そうみたいですよ」

 私たちは高校三年生だ。最後の学年だけあって皆受験を控えている――なんて言っても私立高校でエスカレートなら大学までいってしまうせいか、危機感はそれほどではないだろうけれど。新一君がそのまま大学に行くのかそれともあの東都大学に行くのかは知らないけれど、進学はまず間違いないだろう。だって元にそのことで今彼は職員室に呼ばれているのだから。
「……そうかー、いやね、もしよかったら選択肢の一つとしてね」
「あのですね、そういうのは本人に言って下さい。私に決定権なんて無いですよ?」
「そ、そうですよね。ハハ……でも一応伝えてくださいね」
 ペコペコと頭を下げながらそそくさとその場を後にした刑事さんを横目に見ながら蘭に目線を向けた。
「なにあれ?」
「キープしときたいんだって」
「キープ?」
 首を傾げたまま返答を待つと、蘭はさっきよりもずっと疲れきった顔をして歩き出した。
「新一の就職先」
「へ? 新一君、進学しないの?」
「するって言ってたわよ。だから、その先の就職先」
 大学の先の就職先をキープって、まさかと思うけれどよくよく考えてみればあの貢献度から言えば確かに欲しい人材なのかと思い付く。
「…………なるほど、流石ね。」
 呆れた顔で返せば蘭は少しむくれた顔で私に向き直る。
「さっすがじゃないわよ、なんで私に言ってくるのよ。新一に直接言えばいいと思わない?」
「いやー、新一君に言っても説き伏せられるからじゃない」
 それに蘭から言えば心変わりするかも知れないと踏んでるのかもしれない。あの新一君が頼まれて断れないのは蘭くらいなんだから。
 無自覚のノロケかしらと思いながらひとつ閃く。
「蘭、いいじゃない。誰も要らないって言われるより。ここはプラス思考よ」
「プラス思考?」
「そっ。蘭はどれがいい? 刑事か探偵――の、オ・ク・サ・マ」
「!」
 ニヤニヤしながら聞けば真っ赤になった蘭があわあわと首を振る。本当に可愛いんだから。
「私、警察官の奥さんがいいなー、とか言ったら新一君案外簡単にOKしてくれるかもよ?」
「ななな何言ってるの! 別に警察官の奥さんになりたいわけじゃないし」
「そうよねー、新一君の奥さんになりたいんだものね〜」
「園子!!」
 からかいすぎたか蘭は真っ赤の顔のまま蘭は強めに私の肩を叩いた。少し痛い。
「じょーだんよ。新一君のことだから探偵一筋でしょ」
「だと、思うけど……」
「でも高木刑事とか目暮警部なら分かるけど、今の刑事さんあんまり見たことない人だったよね」
 てっきり佐藤刑事とか長野県警とかかなーって思ってた、と伝えれば蘭はため息を付いた。
「……甘いわよ、園子」
「ん?」
「大学関係者から始まって、警視庁、長野県警、群馬県警、静岡県警、警察庁、大阪府警、……あ、公安警察」
「えっ」
「FBI、CIA」
「ひっ」
「……比護さんとヒデさんも。まぁそっちはちょっと見にきただけだったけど」
「……」
「園子ー、助けてよー」
 困った顔は流石に疲れているようだった。
「……高校生の告白とか用事の伝言なんて気にもとめない状況な訳ね」
「もう、私にも説得にとか言って話がくるんだよ! 特に警察関係とFBI!」
 普通の女子高生が抱える悩みにしては確かに重いそれを考えながら、若干涙目でこちらを見てくる蘭を思わず写真に撮る。
「園子?」
「ふふっ、なんでもなーい」
「えっ、なんで写真撮ったのよ!?」
「いいからいいから、今日は晩ご飯の買い出しでしょ? 着いてくから行こう」
「ちょ、園子」
 訳が分からないという顔の蘭の腕を引っ張って商店街へと足を運ぶ。
 蘭が食材を買ってる間に、渦中の相手に添付付きで連絡してやろう。まったく親友の幸せを守るのも一苦労だわ、なんて笑う。


(題名は奥様が困ってますわよ、かしら?)


 大学案内のパンフレットを山ほど持っているだろう蘭のお相手はさて、どんな面白い反応を示してくれるだろう。





 さすが稀代の名探偵。
 日本警察の救世主。
 彼はどうやら帝丹高校有名人では収まらないらしい。

幼馴染見聞録