「工藤って父親似だよな?」
「まぁそうなんじゃねーか? 母さんに似てるって言われることもあるけどな」
 もぐもぐと夕食を口に頬張りながら隣の工藤新一は頷いた。

 結局無難なファミレスと相成ったのは手軽で和洋折衷好きな物を各自各々頼めるからであるはずなのだが、魚定食を頼もうとしたら当然のごとく反発されたので、仕方なしに日替わり定食にして三人で肉を食べている。
 そんな中、黒羽がふいに投げかけた言葉に工藤は黒羽へと目を向ける。それに対する形で黒羽は「恐ろしい……」と彼はこちらを見つめている。
「は? なんで工藤が父親似だと恐ろしいん?」
 一足早く食事を終えた服部はその様子に不思議そうに首を傾げる。
 すると後ずさるような演技をしていた黒羽は二人の反応こそ不思議だと言わんばかりに自身の胸を叩いた。
「俺も親父似だから!」
「……は?」
「娘って自分の父親似の人を好きになるっつーじゃん? だから」
「だからなんやねん」
「もうにっぶいなーそれでも探偵かよ、分かるだろ普通!」
 全く持って分からないその言い分に探偵二人は隣の座っていた互いの顔を見合わせながらまた、面と向かっている黒羽へと顔を向けて肩をすくめる。
 服部はそのまま、工藤はコップに入れたコーヒーを自らの口に含みながら黒羽を見る。それらを見て真意が伝わらなかったらしいと理解した黒羽はそのまま続きを喋り出す。
「だからよー俺と青子が結婚して、工藤は蘭ちゃんとするとするだろ」
「!?」
 なんの脈絡もない会話の出だしに服部が驚愕を表すように口を開けたままでいると、隣で思い切り咽ている工藤を見つけて哀れみを込めた目を向ける。
「それで俺に娘ができたとする! んで工藤の子は男の子だとして」
「え、おま」
「父親似の血を受け継ぐ訳だからきっと工藤の子供の男の子は工藤そっくりだと思うんだ」
「いやだから」
「俺と工藤って顔似てるってよく言われるし、つまり歳が近くて産まれたら二人がくっつく可能性があるって訳だよ!」
「…………」
「いやー! 俺の娘が工藤の子にかどわかされるー!!」
 どうにか会話を中断させようとした工藤が諦めたような顔を見せたので、服部の表情に更なる同情のような哀れみが増した。尤も、なんだかんだと彼が男相手に言いよどむ姿なんて早々見られないので、ある意味見物ではあるのだけれど。
「……おい、さっきからなんだその勝手な妄想は……オメー、IQ400の頭は何処に置いて来たんだ」
 それでもなんとか彼が口に出したのは疲れきった台詞で、どうやら彼にとって今日はとてつもなく疲れる日らしかった。

「何言ってんだよ。根拠に基づいた可能性の高い推理だろー?」
「何処に根拠があんだよ、推理でもなんでもねーだろそれ! 第一オメーの子供が男で俺の娘に手出すかもしんねーだろ!」
「快斗君の子供はできた子なので工藤みたいにずっと一緒にいて虫よけなんて姑息な手段しませんー」
「お、ま、え、が、言うな! 俺よりよっぽど陰険なくせに」
「工藤のことだからホームズのこと語り尽くして洗脳して息子もホームズオタクにする気だろ」
「言葉を選べっつーの、つかオメーこそ泥棒の手法子供に教える気だろ? あーあー可哀相に」
「俺は泥棒じゃない怪盗! しかも奇術師なの! 教えるのはマジック!」
「泥棒も怪盗も同じじゃねーか、コソ泥」
「酷っ、もうやってないのにー……服部ー、酷いと思わない? ってあれ、何ひきつってんの?」

 ぼんやりと二人の会話を、肩肘をついて聞いていた服部は、最初こそ大真面目にどうにか大阪人らしく突っ込みを入れようとしていたのだけれど、徐々になんだか面倒になっていた。その表情はつい数時間前、予定も聞かずに工藤家に来られた家主のそれと似通っている。
「……いや突っ込み所満載すぎて何も言えへんけど、子供らくっついたら自分ら家族になるんやろ? 俺やったら嫌やなぁ。じーちゃんが同じ顔しとるなんて気持ち悪ぉーてしゃーないわ」
 こめかみに手を当て頭痛がした時のような仕草で言い返して、手前の飲み物を口へと運ぶ。なにより工藤新一はともかくとして黒羽快斗と初対面のとき、それは驚いたものだった。前に整形して他者に成り代わろうとした人間は見たことはあったが、血縁関係の見当たらない二人の生粋で似ている顔はなんともおかしなものだった。外見だけを見れば彼らは兄弟どころか双子といっても差し支えない。今なら怪盗キッドが工藤新一によく変装していた理由が分かる。
「そんなに似てるか? 俺こんなにへらへら笑ったりしねーぞ」
 けれど工藤からすれば納得出来かねることらしく、少し不機嫌そうな表情を見せた。もちろん、服部からすれば二人には性格的な差が結構あるから、今となっては気にはしていないけれど。
「ちょっとへらへらは無いだろ!? 俺は工藤より人懐っこいだけですー」
「……人懐っこいコソ泥って最悪だろ」
「せやけど、姉ちゃんのことに関してはめっちゃ鈍いくせにそーゆー想像力だけは達者やな自分ら」
 またも言い合いが始まりかけたときに投げかけた服部の一言によって、視線は彼に集中した。なにより、自分の感情を表情に直結させるのはこの中で誰より得意であり、それが短所でもあったから、今回も呆れを通り越した表情をまざまざと表してしまったらしかった。
「…………オメーだけには言われたくねーな」
「うんうん。長年一緒にいたくせに自分の気持ちに気付いたのがつい最近とか、鈍いの極みじゃん。和葉ちゃん可哀相ー」
 圧倒的傍観者であったはずの彼だったが、それはそれはなんとも痛いところを突かれてしまい、小さく言葉を詰まらせてその後息を吸う。
「じ、じゃあかしいわ! 自分らかてそないな想像する暇あるんやったらさっさと行動にでも移して来んかい!!」

 尤も、子供云々よりも二人が似ているかどうかよりも、至極当然のように幼馴染と結婚することに関しての反応を突っ込むことが出来なかったのを後悔するのはほんの数分後のことである。
 そしてロンドンにいるらしく来られなかった探偵を羨ましいと思ったのも致しかたなかった。服部平次が白馬探を羨ましがるだなんて初めてのことであった。

続・尋常一様な彼等