クラスメイトにからかわれながらの毎日はすっかり慣れ切ってしまった。
 朝は一緒に登校して、午前中は真面目に授業を受けて、それぞれお昼ご飯を食べて、たまに一緒に食べたりして午後になる。
 私は少し眠いなぁと思いながら目線をずらせば欠伸をしている所に目が合って罰の悪そうな顔をされる。くすくす笑って、けれどいつもテストの点数はいいから私のノートを見せてあげるかわりに勉強を教えてもらう。しゃーねーなぁ、なんて言いながら教えてくれるのも何度もあって。私はそのお礼にご飯を作ってあげたり。
 テストが近くなければお互い部活をする。サッカー部だったのは少し前だけれど、気分がのれば参加していたし図書館で本を読んでいたりもするから結局一緒に帰ったりして園子にまたからかわれるんだ。

 そうして、たまに担任からの呼び出しだったり誰かからの呼び出しだったりと、相手の用事が終わるまでこうして待っていたりする。


「まったく」

 オレンジ色の光が教室に入る。何度も反射して教室全体を明るく照らしているから、私の影に一つだけの机は遮られて明かりは届かない。

「……いつなったら帰ってくるのよ」

 最後にあの門を一緒に潜ったのはいつだっただろう。推理小説を読んでる姿を、サッカーをやる姿を見たのは、テスト勉強を教えてもらったのは、眠そうに授業を受けていたのは。
 ぽつりぽつりと零れる言葉は決して相手には届かない。私の影に覆われた机は返事をしてくれない。
 生きているのは確かだ。でも、詳細も状況も姿も見えないから何を信じていいかも分からない。けれど漠然と大丈夫だと思う。何となくだけれどきっと会えると思える。
 でも感情は複雑で曖昧だ。だからいつかじゃなくて、今会いたい時だってある。
 下らないと一蹴されそうな報告したいことが沢山ある。園子の恋人の話だったり、服部君や和葉ちゃんの話だったり、警察の人達の恋の話だったり、美味しいご飯屋さんだったり、今日授業であった話だったり。宿題の愚痴だったり。そんな話をしたいだけなのに。

「早く、帰ってきなさいよ」

 ああ、きっと人の名前で一番呼んでいるはずの単語は頭の中や口には出しているものの、もう随分と直接放っていない。
 このままでいいだなんて思っていたから罰が当たったのかな。もう少しだけ、クールでサッカーが上手くて平成のホームズなんて言われてる、でも実は酷く子供っぽい人の幼馴染という心地良くて安心出来るポジションのままでいたいなんて思って、変わるのが怖くて大切なことを言っていなかったから。
 だから神様が罰を当てたのかな。

「……会いたいよ」

 親友がいて、クラスも部活の仲間も皆仲が良くて、楽しい先生がいる。他の場所にも友達がいる。
 とても幸せなはずなのに、恵まれているはずなのに。なのにたった一人、此処に誰も座っていないことが、あの家に明かりが灯らないことがこんなに悲しい。
 会いたいよ。話したいよ。何にもなくて良いの。一緒に学校に行ったり、授業を受けたり、そんなことをしたいだけなんだよ。

 ぽつりと落ちた透明な粒は机の上に落ちたけれど、やっぱり返事はない。
 頭の中ではすべてが鮮明なのに、何やってんだよと呆れる声も、どうかしたのかという焦る声も聞こえない。
 なにも聞こえない。


 未だ彼の用事は終わらず、その内容すら知らずに、私は何時ものように、かつてのように、ただただ待っている。

空白日和。