この小さな箱は、ある意味とても厄介だ。

 人間みたいに記憶を容易に修正することもできないし、ひとつひとつを思いの丈で重要度を変えることもできない。だから淡々と日常を反映する。
 たとえば、いつもの連絡が来ない現実を思い知らせてくれるように。

 そんな小さいディスプレイを眺める。辛い思い出とか、寂しさとか、過去にあった些細な幸せが思い出されるような気がする。入力された名前はクラスメイトや親友だったり、大阪の友達だったり、はたまたもう必要ないだろうお店の名前だったり。スケジュールにはもう自分では思い出せない内容だったりが存在していて、自分周りをデータ化して凝縮したような、そんな気もする。

 けれどその中で、保護されるメールの差出人の名前は一つだけだった。

 携帯の電源を切ってもその間に連絡があったらと希望を込めた感情が邪魔をして、結局すぐに電源を入れてしまうことだって沢山あった。
 そんな過去を思い出して、笑って、保護をバレンタインデーの日付だけを残して解除する。やっぱり感情なんてないその箱はすぐに鍵のマークを消失させて、そのほかのメールと同じように表示してしまった。
 プレゼントしてくれた携帯電話も、ストラップも大切で無くせないものだけど、日常にも遠い、一言しかないメールはもう要らない。たまの着信履歴が嬉しかったり、メールの返信を実は心待ちにしていたことは、なにも残らなくても心にこうして残っている。
 だからこの保護されていたはずのメールをわざわざ消す必要は無いけれど上書きされるべきで、実際、きっとすぐに消えてしまうだろう。
 日常は積み重なって過去を上書きして、けれど忘れられないものを積み重ねてそうして生きていくのだから。


「……んー」
 きょろきょろとあたりを見回して、もう一度傍に立っている時計と自分の携帯電話の時刻を見つめる。いつだって正確なそれは今も変わらず約束の時間の五分前を指している。そういえば随分待たされていたから、時間に遅れてくるイメージが定着したけれど、今日はどっちだろう。
 遅れてくるといっても、たいていの理由が事件やら警察からの要請やらの巻き込まれたものだから、あまり強くは言えないことだって多い。どうして大阪の彼といい自分の幼馴染といい、父親といい、探偵ってものにはこうも事件が絡んでくるのだろう。
(今度和葉ちゃんと一緒にお守りでも買ってこようかな)
 効き目がないと悔しそうに呟いていたから多分ご利益はないだろうけれど、そう思いながら苦笑をもらす。
「オメー、何ニヤニヤしてんだ?」
 馬鹿にしたような声が聞こえて振り返えると、それでもしっかり笑ってこちらを見ているから、結局それだけで全部が幸せな気がしてしまう。我ながら単純だとは思うけれど。
「新一」

 携帯電話に残っているのはいつだって離れた相手へのメッセージだった。
 だから園子へのメールは、たとえば和葉ちゃんに比べて、着信履歴に反して多くも長くもない。

「おはよー、早いじゃない」
「おーたまにはな」
「たまにはって、自覚してるんならいつも気をつけなさいよ。昨日遅刻しそうになったのは誰のせいよ?」
「や、それはだな」
「はいはい、どうせ推理小説でも読んでたんでしょ」
「……御明察」
「なーにが御明察、よ。もう、行くわよっ」
「あ、待てよ蘭!」

 二人で学校へ向かう。そんな日常が、やっと日常として認識できるくらいにまで戻ってきた。やっぱりそれがたまらなく嬉しい。
 だからどうか、これから先は簡単な返信ですぐに会える環境であって欲しい。そうしてメールで上書きされる内容がこうして喧嘩や日常の会話で埋まるようにと、幸せで埋まればと思うんだ。

 だから、お願いだから、二度と何も言わずに離れていかないで。



I love you.訳したー[http://shindanmaker.com/67470]
I love you.を毛利蘭風に訳すと『おまえを二度と離さないと誓うよ』です。

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