緊張した式はそれでも盛大に終わり、父親に挨拶もすんでぼんやりと空を見上げる。
 目まぐるしくて、こうしてゆっくり息を吐くのも久々のようだ。

「ビアンカ? ここにいたの」
「あ、うん。ごめんね、お父さんの相手してもらっちゃって」
 自宅のすぐそばの木に腰掛けていたビアンカは、家から現れた彼を見て苦笑気味に首を竦めた。彼がしっかり挨拶すると頑なだったのも手伝って、今日はここで一泊する予定だ。
「お父さんってばはしゃいじゃって、疲れたよね?」
「全然。元々僕が言い出したことだし楽しかったよ。……ね、ビアンカ、ここはいいところだね」
「なぁに突然。でもそうね、私、ここ大好きよ」
 唐突な感想はとても嬉しくて笑顔で頷くと彼が少し寂しそうな顔をしていて目を見開く。
「どうしたの」
「……話があるんだ」
 小さく言った一言に決意がこもっていたから思わず彼の方をまじまじと見つめる。その視線に気付いた彼は困ったように少し笑った。
「あのさ、ビアンカ。君は此処にいた方がいいと思う」
「……え?」
「此処は平和で綺麗で長閑で。僕が旅をして来た中でもとても素敵な場所だ。なにも此処を離れる必要なんて無いんじゃないかな、って思う」
「……」
 困った笑みはそのままで彼はそんなことを言う。少し何かを言いかけようとしたけれど、彼は続けた。
「それに家族がいるなら一緒にいた方がいいよ」
 ポツリと言われた言葉は重くて、昨日着ていた衣装よりもはるかに重くて身動きができない。

 私は彼の半生を全ては知らない。簡単に言えるものでも聞けるものでも無かった。
 けれど彼が父親とどんな別れをしたか、その後の経緯は聞いていた。終わった話だよ、そう彼はまた笑っていたけれど、なんだかそれが彼の防衛反応のように思えた。
 暗闇に光るのは星空で、それを睨むように見つめる。訳も無く悔しい思いがしてポツリと言葉が零れる。
「ねぇ、私と結婚しない方が良かった?」
「は、え? な、なんで」
「だって、」
 酷く驚いたような表情の彼に拗ねたように唇をつき出そうとして止めた。再会してたった数日だったけれど、彼がそんな私に対する対応が上手いのはよく分かっていた。
「……私とあなたは家族じゃないの?」
「え」
 前に立つ彼に顔を向けて、勢いよく身を乗り出す。
「家族家族って! そりゃお父さんと私は家族よ? 親子だもの! でもあなただってそうじゃない、家族、じゃない……」
 まくし立てて彼を見上げれば、驚いてそれは思いつかなかったと言わんかばかりの声色に少し悲しくなる。
 彼はそう言う人だ。優しくて、他人を想って、そしてちっとも自分を大切にしない人だ。哀しい人。
 ――でも、それよりもなによりも、やっぱり私の大好きな人。

「ね、……お願い」
「? なに?」
「……ちょっと、ぎゅっとして」
 震えるように言えば、また少し目を見開いて少し彼は手を広げた。
「うん。おいで?」
 そう言われたから、立ち上がって目の前の彼に飛び込む。本当は彼から抱きしめて欲しかったけれど、そんな強引さは結婚式前の騒動でよくよく味わったからいいかとも思った。
「……君はやっぱりお父さんの子供だ」
「どうしたのいきなり」
「さっき君に言った事と似たような事、言ったんだ」
「お父さんに!?」
 結婚式直後に言う台詞としてはいかんせん不謹慎のような言葉をきっと笑いながら言ったのだろうと想像に難く、自分の父親の反応も予想できて目を丸くする。
「そしたらね、俺をじいさん扱いするなって怒られた」
「お父さんらしいわ」
 やはり予想通りだったらしいそれに苦笑する。けれど、続けられた言葉に思わず自分の動きが止まるのが分かった。
「それと、お前と結婚したんだから一緒にいるべきだって。家族なんだろって」
 ね、とくすりと笑った彼に恥ずかしくなって顔を背ける。彼は気にせずにそのままの姿勢で、けれどいつもよりも少しだけ声を落とした。
「本当はこの旅に誰かを巻き込むつもりは無かったんだ。僕は誰かを守れるほど強くないし、先の見えない戦いに連れて行くのは嫌なんだ。大事なら、尚更」
「私、足手まといに」
「そういうんじゃない。ただ、僕のせいでビアンカが悲しくなるのが嫌なんだ」
 抱きとめられているからくぐもった声だったけれど、それ故に全身から伝わる。
 抱き締める力は優しくて、でも腕はその十年間のせいか、少しだけ細いけれど力強くて二歳年下の男の子とはもう思えない。
 そんな彼が言う言葉に嘘なんて見出せなかった。短い言葉だけれど真意は忠実にビアンカに伝わる。
 だからこそ、伝えなければならないことがある。


「私は貴方と居るのに悲しくなんかならないわ」
 幸せなのは怖いと苦笑した彼は結婚式直前だった。
「私、守ってもらうだけじゃなくて、貴方を守るから」
 震える手は緊張からじゃないことくらい分かっていた。
「だからね、こうできる距離がいいな」
 辛い時に支え合えるように、楽しい時に笑い合えるように。
「結婚ってそういうことでしょう」
 今日も明日も明後日もこの人と一緒に居たい。
 それが繋がって生きていくことが、きっと永久を共にするってことなのだろう。


 ふふっ、と笑って彼の顔の頬に手を添える。彼は吃驚した後くしゃりと顔を歪ませた。
「僕、格好悪いね」
「あら、何言ってるの。私の旦那様はとっても素敵よ」
 顔を見つめるよりもともう一度その胸に顔を埋めて言えば息を飲む音がする。
「……ううん。僕の奥さんには負けるよ」
 彼がそう言えば、私と彼の重なった笑い声が聞こえる。
 彼に抱きしめられたままなら幸せをずっと増やせるような、そんな気がした。

(お母さん、お父さん。私ね、とても幸せよ)

 幸せになってほしかったけれど、私を選んでくれたその時から、一緒に幸せになろうねと言える今が幸せ。




I love you.訳したー[http://shindanmaker.com/67470]
I love you.をビアンカ風に訳すと『あなたにぎゅって抱きしめて欲しい』です。

あなたにぎゅって抱きしめて欲しい