体が勝手に動くように歩き出したのは、いつも通りの自分の高校への帰り道と似通った道だ。背後にあるなんの変哲もないただの学校はそれでも色んな人が通う。
 くだらないことも、ムカつくことも、退屈なことも、楽しいことも。自分達の殆どが此処から生まれるのを疑問に思ったことなんてなかった。

「南条君」
「なんだ」
「園村にとっての世界はあんなに狭かったのかな」
 学生の自分達の行動の大半が学校におかれている様に、園村の行動は殆どが病院に占められていた。
 思い描いた、こうなりたいと思う彼女の世界は現実味を帯びながらも、街は中途半端に途切れ先には進めない。それはデヴァ・システムのせいなのかもしれないけれど、なんとなく、それだけじゃないような気がした。

「仮に、お前が園村の立場だったらどんな世界だったんだろうな」
 そんなことを考えていると南条君が呟く。首を傾げた俺はさぁ、よく分からないと返した。
「俺は誰よりお前じゃなくて良かったと思ったよ。底知れない世界な気がしてならないからな」
「……なんだよそれ」
 限りなく褒められていないことが分かっていい気分はしない。少し目を細めて南条君を見れば、それの何が不満だと言わんばかりにまじまじと見返される。
「お前は変な奴という話だ」
 頷きながら話す南条君に俺は困惑する。変? 俺が?
 少しこちらを見た南条君をまじまじと見ても表情は変わらず彼は歩く先に顔を向けた。
「きっと、あいつらも声を揃えて言うぞ」

 いつの間にか巻き込まれた世界は、その創造主たる彼女のひとつが壊し、あの狭い世界を打ち破った。
 そうして破れた世界は何処にいったのだろうと思う。消え去って無かったものになるのだろうか、少なくとも俺達にとってはあり得ないけれど。
 消え去った世界と彼女の一部は彼女へと還った。彼女は「時々でいいから思い出してね」なんて言っていたけれど忘れるはずもない。彼女は園村麻希なのだから。これからも続いていく彼女との関係に、彼女の一端に何度もあの園村を見るだろう。そう考えると彼女と現実の園村を分けることすらなんだか馬鹿馬鹿しいことのようにも思うし、別々と考えるべきなのだと思うこともある。
 それもいつか答えを見つければいいはずで、差し当たってはこのままにしておこうと思う。
「おっせーよ、バカ! 南条もお前も」
「馬鹿とはなんだ貴様。第一、そんなにはしゃいで行く場所でもないだろう。周りの雰囲気も考えろ、稲葉」
「だって園村の退院なんだぞ!」
 安心しきったような笑顔のマークと、あの場所に良い思い出はないのは分かっていたから、呆れながらも速度が上がる南条君を見て少し安堵する。
 俺らのその先にはいつものメンバーが各々喋りながらも彼女の帰路を待っている。
「おーい、早く早く!」
 誰が言ったか、俺と南条君に手招きをして見せたその方向へと足を進める。
「はいはい」
 いつかのように、けれどあの時とは比べ物にならないくらいの色んな感情を持って病院の前へと並ぶ。
 中に入ることはしなかったのは、誰も口にしたことはなかったけれど暗黙の了解のようなものだ。
 見舞いをしに来たわけじゃない、彼女が破った世界があったように、この場所から彼女は出て行くのだ。その先、これから彼女の世界になるだろう今の俺らの世界とをつなぐためにこの場所は今存在しているのだから。

 彼女が退院すると聞いて迎えに行こうと言ったのは誰ともなく全会一致の意見だった。
 「謝ったら怒ってやらんとな」「泣いたらとぼけよっかな」「笑ったら笑い返す」そう競うように口々に言った反応のどれを彼女がするのか俺は少し楽しみにしていた。お前はどうするんだ? といつものニヤニヤした顔で言ってきたのはブラウンだったから、少し思案する振りをしたのだ。答えは決まっている。
「おかえり、って言うよ」
 言って、自分なりに良い答えだと思ったので頷いてみせると苦虫を噛み潰したような顔のマークの傍で、南条君は「だからお前は変な奴なんだ」と少し笑っていた。
 心底不思議になって首を傾げたけれど、言葉を発するには及ばなかった。
 こつり、と音がする。見覚えのある革靴が見える。母親とともに現れたその人物の日光を浴びていない身体は白かったけれど、儚さは前よりも少し和らいでいた。
「……あ、皆」
 俺たちを見つけて泣き笑いのような顔をした姿を見つける。ああやっぱり彼女は園村麻希だったし園村麻希だ。
 彼女の第一声はなんだろうかと思う。それでもやっぱり俺の第一声は決まっている。

蝶が棲む幻相世界から