鏡越しの自分の顔は前と、自分達がいた世界と変わらなくて少しホッとする。
 たまに錯覚で黒い斑点が目に浮かぶけれど、前よりかはそれを見ても驚くことはなくなった。それは何より、私を認めてくれる人達のお陰なのだけれど。


「つかよ、なんで学校の図書館にあんだろーな。オレ様眠くなっちまってあんま来ねーよ、ここ」
「園村が作り出したからに決まっているだろうが」
「あ、なる。南条あったまいーのな」
「いや、流石にそこは気付くだろ……分かってたけど馬鹿だろ、お前」
 ワイワイと騒ぐ彼等は個性が濃くて、違う世界だというのにここだけが前の世界のようで少し違和感がある。
 前々から固まっている人達はいつもよりは人数が少ないけれど、それでも充分賑やかだ。
「ごめんね、千里、ここで待っててね」
 ぼんやりとそんな事を考えていると、ふと声を掛けられて顔を向ければ、麻希がこちらを申し訳なさそうに見ている。
「分かってる。私たちがいたら迷惑だもんね」
 隣の陽介を見ながら言えば、彼こそ申し訳なさそうに笑って頷いた。
「お前らに任せっきりっていうのも悪いけどな、まぁ足手まといになるだけだからここでじっとしておくさ」
 その言葉通りで、私達には麻希達みたいにここの場所で戦う術を持っていない。あの小さな女の子に力を借りていただけでもう何も出来ない。そんな歯がゆい気持ちを噛み締めていると、麻希が小さく肩を叩いた。
「麻希?」
「大丈夫、絶対元の世界に戻れるよ。私、千里の為にも頑張るから」
 そんな真っ直ぐな目でこちらを見つめるものだから、私はまじまじと麻希を見ながら笑みが浮かんだ。
「そこは心配してないよ。信じてる。……そうじゃなくて、あの、良く分かんないものと闘うんでしょ? 怪我とかしないでよ」
 この麻希は、麻希の理想の麻希らしい。確かに私の知ってる麻希よりも随分と元気で前向きで、けれど私にはあまり違いはなかった。だって麻希の本質は彼女の描く絵に良く出ている。綺麗で儚くてとても輝いている絵は、やっぱり私には到底描けないもので何より麻希の心が現れていた。

「大丈夫、大丈夫! 私がパパッと誘惑しちゃうんだから」
「誘惑? 麻希が?」
「おいおい、大丈夫かよ」
 にこやかにそう宣言する麻希を目の前にして、途端に不安になれば、彼女は少しムキになって大丈夫を繰り返した。
「だから大丈夫なの! あ、信じてないな? ねっ、大丈夫だよね!」
「え?」
 私達を説得できないと分かると、麻希は近くで本を見ていた彼に声を掛ける。
「私、結構強いんだよって話」
「ああ、強いよ、園村は……危なっかしいけど」
 読んでいた本を本棚へと戻して二、三歩こちらに近付いた彼は真顔でそう言い放つ。
「え、ちょっと! どこが?」
「届かないの分かって弓で打っちゃうあたりとか」
「あ、あれは頑張れば届くかなぁって思って」
「でも、回復とかはやっぱり園村に頼りっきりだし。頼りになるよ」
 少し言い淀んだ瞬間に加えられた言葉に麻希は目を見開いてありがとうと礼を言う。
 目元はほんのり紅くて、嬉しくて仕方ないって雰囲気で分かる。
(あれ? 麻希って……)

 軽い会話を繰り広げている二人を見ると麻希は真っ直ぐ彼を見ていて、彼といえば面白そうなのか良く分からないけれど、少し笑って麻希の方を見る。
「でも君だって急に歌い出したりするじゃない」
「それはその場のノリで。園村よりはちゃんと考えてる」
「あ、嘘だそれ! 南条君言ってたよ、君は考えてるようで実は何にも考えてないって」
「……南条君の奴」
 罰が悪そうに顔を背けながら、避難めいた言葉を投げつければ麻希は笑った。そのまま彼は文句を言うつもりなのか男子のグループへと足を運んで行く。
 それを見た麻希の笑顔がやっぱり嬉しくて仕方ないとありありと分かるから、私はくすりと笑みを零した。
「麻希、頑張ってね」
「え、うん! 絶対元の世界に」
「そうじゃなくて」
 言葉を遮った私に首を傾げたのは、麻希はもちろん陽介もそうだったので、本当に鈍感で女の子の気持ちなんて分からないんだろうなぁと苦笑して麻希に耳打ちする。
「彼、ちゃんと捕まえときなさいよ」
 指を指した先には、言い合いともじゃれ合いともとれるような口論を繰り広げる彼と彼等が見える。それを目線で追った麻希は途端、私の台詞を理解したのか顔を赤く染め上げる。うん、やっぱり麻希は可愛い。
「へっ!? ななななんで」
「隠したって分かるわよ。……私は、麻希の友達なんだから」
 そう言えば少し驚いてえへへと笑う。その笑みが彼についての肯定というよりかは私の発言に対しての笑みのように感じた。
「麻希は麻希なんだから、ね?」
「……うんっ」
 そう付け加えれば笑顔を返した麻希は今までの麻希よりもやっぱり賑やかな笑顔だけれど、少し泣きそうにも見えたからやはり麻希は麻希だと思った。


 そのまますぐに図書館の先へ向かう支度をして行ってしまった皆を見送った後、私達はぼんやりとその扉を見つめる。
「なぁ、園村と何話してたんだ? 頑張れとかって言ってただろ」
 彼等の安否に対する不安を払拭するように話しかけた陽介に私は笑った。
「内緒。女同士の秘密なんだから」
 陽介は分からないと首を傾げたので、だから内緒だってと言って寄さりかかるように体を傾けた。

(どうか、戻れますように)
(麻希とまた遊べますように)
(麻希が幸せになりますように)

 浮かび続ける願い事を、頭の中に反芻させて私は目を閉じる。

dear, my friend