「なんで俺だったんだろう」
 まだ来たことのない道を、二人きりで歩くのはそういえば初めてなんだと思っていると、彼がふと口にしたので首を傾げればそのまま話は続けられる。
「いや、ほらあの、フィレモンだっけ? あの人言ってただろ、俺と園村に園村が来てほしいって」
「うん」
 そういえば、彼は私と現実の私に区別をつけない。それは今神社の入り口で待ってくれている三人にも言えることで、それがなんだか嬉しかった。
 私は私で、園村麻希なのだけれど、マキであって。ごちゃごちゃになりそうなそんな頭を、すっぱりと「園村」と呼んでくれると不思議と落ちついた。それは呼び名よりも彼らが私をマキとして初対面から変わらず接してくれているからなんだろうと思った。
「だって園村とはクラスメイトなんだけど、それだけで。二年になった時はもう入院してることが多くて。俺、園村に話しかけたことなんて殆ど無いんだ」
「そうだね、うん。そうだった」
 理想の園村麻希と言われて思い出したのは、現実の私の思いだった。だから彼が言うように現実の私と彼との接点は無いに等しい。
「なのになんで俺なんだろうって。マークはお見舞い行ってたみたいだし頻繁とはいかなくても面識が多かったと思うし。南条君は園村との出会いで変わったと思うし、結構良い事言うだろ? もし園村が俺たちのこと少しでも垣間見られていたならそれで信頼するのも分かる。でも、俺って普通っていうかパッとしないのになんで俺だったんだろうって」
 もちろん、園村を助けたい気持ちは皆と変わらないけど。そう加えて彼は少し困ったようにこちらを見る。少し気弱にも見えるその表情は、自分のことを過小評価しているなんてこれっぽっちも思っていないようで、なんだか少し笑えてしまった。
「君って本当に自分がパッっとしないって思ってるんだね」
「え? だってそうだろ。特に俺の周りって変わってる奴多いし。あ、いやもちろん楽しいんだけどさ。ブラウンとか、あと向こうにいるアヤセとかゆきのさんとかさ」
「そんな人たちと一緒に居るってことは、君も変わってるんじゃない? 良く言うじゃない、類は友を呼ぶって」
「え……」
 どういう風にとったらいいか分からない驚きの顔を目の当たりにして、私はとうとう笑ってしまった。困惑する彼の隣で、なんだかこうしてまじまじと会話を交わすのは二人きりになったおかげかもしれない。

「私ね、皆と話すようになって君がリーダーってところにちょっと吃驚したんだ、南条君とかさ、いかにも皆を率いていくタイプじゃない? なのに君に最終判断を任せたり、意見を求めたりするから驚いちゃった。ごめんね」
「え?」
「だって直ぐに分かったの、君が意見を皆に求められる理由。ものすっごく落ち着いてるんだよね。それに物怖じしないし、いきなり悪魔に歌いだしちゃう時は、うん、あれは……お、面白かった」
 笑いを押し殺せないまま言えば、彼は少しバツが悪そうに笑った。そうして思い出したかのように違うと首を振る。
「聞いたのはそこじゃなくて、……俺って、リーダーだったのか?」
「……え?」
「リーダーは南条君か園村だと思ってた」
 今度こそ完全に止まった私の思考回路に彼は本心なのだろう、不思議そうにこちらを見ている。尤も不思議なのはこっちのほうなのだけれど。
「だって最初のボタンを押すときだって君に任せてたじゃない」
「あれって俺が一番近い場所だったからだと思ってた。どうせ皆だって同じ色のボタンを押す気だっただろうし」
「ぶ、武器とかだって君が皆の分を考えて買ってたじゃない!」
「ああ、あれは、そうだったな。なんで俺が買い始めたんだっけ?」
「……いや、もう、もういいよ。とにかく君がリーダーなの! 分かった!?」
「わ、分かった」
 リーダーなんて新鮮だなぁ、なんて呟いている彼を横目に、少し溜息が洩れた。なんで今の今まで気付かない人なんだろう。あと少しで現実の私と対面して、物事が終わりに近づくもうその最終局面の手前だというのに。
 けれどなんだかそれも実に彼らしくてやっぱり笑みが漏れるものだった。

 皆はどんなときだって笑ったりすることを忘れない。皆、皆、そうやってこの道を乗り越えてきた。皆違う思考を持っていてバラバラなのに、そんな中、同じように笑いながらでも落ち着いてしっかりと立っている彼の姿は少し、格好良かった。きっと彼のおかげでまとまっていたんだ私たちは。
 そんなことを考えていれば、かさり、と音がする。前方から聞こえたかすかな音に思わず足が止まる。その瞬間、隣では彼がもう一歩踏み出している。
「園村……多分来るぞ」
「……うんっ」
 途端、さっきまでの雰囲気を消して声も少し落ち着いたものになって、彼は私の前へ更に一歩進んだ。そうして何かあったときに瞬時に戦える準備をして進むものだから、やっぱり彼がリーダーなのだと、少なくとも私の中では確定している。


 本当は、本当は。
 実は園村麻希としてはとても新鮮なのだけれど、きっと彼にとってはなんでもない、少し声をかけてもらっていたことがあったり、妬むほど羨ましかったクラスメイトの中心がどうみても彼であったからこそ、あの中に入ってみたいという思いが芽生えたり、マキである私がなにより彼を信用して、信頼しているのは、今は黙っていようと思う。
 だってすべてが終わったから仲間の皆は現実の私の元へと去ってしまう。
 けれど私のことを忘れることなんてないと言ってくれたから、彼の背中を追いかけていられる今は、全部を受け止めて、私は彼の後をついていく。

君が其処に在る理由