「なーんかさ、変だよな」
 小さな音量を繋げてぼんやり入り口を見た花村に、どういう意図なのか図りかねれば、ゆっくりとシャドウたちがいる中へと消えていく姿を指差した。
「え、どっか変?」
 相棒と慕う花村然り里中も同様、リーダーの名に相応しくまとめている彼の姿が消えるのを見ていた。
「いやそうじゃねーけどさ、あいつ、明日には行っちまうんだよなーって……」
 言い終わるか終わらないかくらいで花村は悪いと一言付け足した。それに首を振る里中はそのまま言葉を続ける。
「それが変って……前から決まってたじゃん」
 もちろん悲しいし出来るのなら明日なんて来なければいい。それは誰だって考えているはずだ。だからこそ変とはどういうことだろうかと不思議そうに聞いてくる。それが少し居心地が悪くなって少し目線を彷徨わせて言葉を綴る。
「あいつが帰っちまうってのもあるけどさ、これでペルソナ出すこともなくなるだろ?」
「そだね」
「だからさ、ああやってあいつの後を追っかけてシャドウと戦うことも無いんだなって思うとなんか変な感じ」
「ああー……」
 武器を弄びながら言った言葉は自分が思ったよりもなんとも悲しそうに響いて二人して押し黙る。

 確かに、彼の背中を目標みたいにしていつでも歩いていた。シャドウが突然現れることもあるからと今の仲間が揃ったときには決して前を歩かせてくれなかった。
 もう怪我も危ない戦いもなくなるのだから、本当は喜ばなければいけないのだけれど。

「……あっという間だったよね」
「終わってみるとな。なんだかんだで一年かかっちまったけど」
 事件を通して知り合えたのは確かだけど、おかげで自分たちの周りはそんな話題ばかりだった。
「でもこの一年凄かったよね」
「ははっ、確かに。誰に言っても信じてもらえねーわな」
 こんな風にテレビの中で談笑するのも久々で、けれどきっともうない事だ。
「寂しく、なるね」
 どうなっているか相変わらず分からない、仲間達がいる先を見つめて言う里中を今回は馬鹿には出来なかった。

「……おお、そうだな、つまんねーな」
「花村、それ本人に言ったら?」
 困ったように笑いかけられれば、ぶんぶんと首を横に振る。ふざけた会話のようなそれは、真顔で少し暗い表情だ。
「無理。俺が言うとあいつきっと馬鹿にするし、具合でも悪いのかとか聞いてきそう」
 両手を広げて肩を竦めて言うのは、里中もすぐに想像できたのか苦笑する。
「あー言いそう言いそう。しかも真顔で」
「だろ? しかも全部俺らがしんみりしない為にそう言うんだ。……もっと弱音吐けば言いのに、そういう所むかつく」
 珍しい単語を拾った里中が目を見開くので、少し罰が悪いように首を振った。
「いや、俺にかな。あいつの力になりたいんだけどな。いやなれてねー訳じゃねーとは思うけど今一歩つか」
 頭を掻く花村に同意するように、里中も首を縦に振る。
「分かるなぁ、それ。結構ひとりでやろうとすんじゃんね。しかも大抵出来ちゃう。でも出来るって言っても無理してほしくないって思っ――……なによ花村」
 間抜けな表情をした花村に、今までの真剣な会話を続けた里中が半目で見つめる。
「や、里中ってあいつにはなんか違うよな。なんつーの? 女みてぇ」
「私は女だっつの!」
 間髪入れずに入れた突っ込みは言葉だけでなく腕を花村の胸元に叩き入れた。続いて蹴りが飛びそうな予感がした。


「……何してるんだ、お前ら」


 避難めいた顔と羞恥と怒りを混ぜた顔。二つが言い合いを始める直前にある意味もう一人の当事者というべき人物の声がかかる。
「うお、お前」
 今度こそと、予想通り足を振り上げる格好だった里中はすぐにそれを抑え、リーダーと後ろにいた仲間達に駆け寄って状況を尋ねた。
「どだった?」
「え、ああ。……少し入って分かった。明らかに異質だ。でも、」
 今までとは明らかに違う雰囲気のこの場所に、それぞれが少し足がすくんだ。でもやっぱりこのリーダーは冷静で続いた言葉に仲間達は苦笑する。

「大丈夫だ。きっと」

 理由は多分無い。けれど彼が言い放つという、これほど真実味があることはなかった。
 さて、と彼は仲間に目を配らせて花村にそれを固定させた。
「花村は元気有り余ってるみたいだから特攻な、回復禁止で」
「ちょっ、禁止って」
「里中はゴッドハンド頼む。くれぐれも相手を花村と間違えないように」
「おっ、それはフリかな? 任せといて!」
「やめろ! まじでやめろ! お前等あの威力軽くみすぎだから! つかテメー」
 唸り声をあげる花村を一瞥しつつ、何食わぬ顔でりせと会話を交わし背を向ける。
「さて、行くぞ」
「うわっ、無視かよ!」
「花村はやっぱり花村だよねぇ」
「ちょ、今のどういう意味だ里中コラ!」
 くそう、と口を突きだして自分の相変わらずの立ち位置に不満をこぼしそうになって、不意に肩に手を置かれる。
「ほら。……さっさと行くぞ」
「お、おう」
 真顔はそれでも何かいつもと違う気がして戸惑う。でもそれが何なのがよく分からない。
「大丈夫? お前」
「……なにが」
「い、いや、えーっと、なんか様子違うつか、さ」
 小さく首を傾げた花村は彼と目を逸らしながらも尋ねた。だから、花村は相手の目が驚きで見開かれたことに気付かなかった。
「……花村のくせに」
「はぁ? な、なんだよそれ」
「いいから、今はイザナミを見つけることだけ考えてろ」
 な、と言う言葉がなんだか少しだけ自分自身に言い聞かせているような気がして、まるで他の事を考えては勝てないと言っているようで花村少し笑みを作る。

 やっぱりこいつは頼れるけど、リーダーだけど、俺らと同んなじだ。

「なぁ、これ終わったら皆でお疲れ会やろーぜ」
「俺の話聞いて……というか、なんだそのネーミングセンス」
「いいからいいから、な? やろーぜ、ほら、菜々子ちゃんも呼んでさ」
「……いつやるんだよ」
 今日は二十日だから明日は二十一日。約束の日、彼がここから離れる日だ。言外に時間がないのだと、もう出来ないのだと言われたのだと分かって、予想通りだと笑う。
「んなもん今日終わってから!」
 そう言えば完全に間の抜けた顔をして、それから花村も仲間も滅多にお目にかかれない笑顔が見えた。
「馬鹿だな」
「悪かったな、お前の成績が良すぎるんだっつの」
「そういう意味じゃなくて、いや、うん、馬鹿だ」
「おいどうせならちゃんとフォローしろよ!」
 ぎゃいぎゃいと彼の目線で喚けば、煩いと一蹴されながらも先ほど同じように肩を叩かれる。
 行くぞと言われて頷いて先を歩く仲間に追いつくように足を早める。そうして、さんきゅ、と小さく彼が言った言葉は聞こえないふりをした。





 今、歩く先には仲間と彼がいる。
 だからきっとその先の霧は晴れるのだろう。

霧散していく背中