日が随分と長くなって、過ごしやすい季節になり学校内にも学生が残るようになってきた。そんな中、体育館ではだんだんとボールが床を突く低い音と、靴と床との摩擦音で甲高い音が鳴っている。そんな組み合わせにもすっかり慣れていっそ心地よいものになった。汗だくになるのも悪くないと思いながら二人はボールを片付ける。

「お疲れ。今日はお前も一緒か」
「長瀬。っと、一条、片付けこれで最後」
「サンキュー、やっぱ二人だと片付け早いなー」

 体育館は三人だけで声は拡散する。汗で濡れたユニホームと肌の間に空気を送りながら、最後のボールを手にした。他の部員はいつもと同じく完全に集まることも無く解散してしまい、それを気にもせずに片付けを始める一条に倣うように集めたボールの最後一つを、床へと打ちつけて一条へとパスを渡す。

「ナイスパス。久々に部活できて嬉しいよなー!」
「ああ、テストばっかりだったしな」
「あ、そういえば! お前すげーな!」
「え?」

 二人の元へと到着するなり言われた台詞に、目を軽く見開くと二人は顔を見合わせて呆れたようにこちらを見つめる。一条からしてみれば、今の会話の流れはどう考えてもテストの話題に他ならないつもりだったのだけれど。

「テストだよ前の期末テスト! お前成績すげーじゃん。パッと見てマジで驚いたっつの」
「俺もテストの成績表まじまじみたの始めてだ」
「ああー……うん、実はちょっと頑張った。甲斐があった、かも」

 そのちょっとの頑張りはどの程度なのか。褒められたからなのか良く分からないけれど、彼の少し嬉しそうな表情は珍しいものだった。けれどその口調に感慨が薄いことを知って長瀬も一条も苦笑する。
 努力を努力としない人なのか、それとも努力を見せない人なのか。未だ良く分からない。

「まぁいいや、今度勉強教えろよ!」
「俺もよろしく頼む」
「そうだな。皆でやるのも楽しそうだ」
「いや俺らは教えらんねーぞ?」

 夏休みを控えた季節は相当暑く、水泳の授業がないのが切ないくらいだ。林間学校で行った川は落とされる意外、かつ変なものが流れてこなければもう一度行きたいと思う。みんみんと鳴くセミは都会よりも多く、また大きく聞こえる気がする。嫌いではないけれど、好きになるほどのものでもなかった。ああ、やっぱり水に漬かりたいかもしれない。
 そんなことをぼんやり思っていると、ふと長瀬が一条の持っているボールに目をやった。

「そういえば、お前のバスケ。腕前的にはどーよ?」
「え。まぁ、一条のが断然うまいんじゃないか?」
「いやいや、お前も腕を上げたからなー……って、俺らみたいな弱小部にそんな差はないかもな。同レベルだよ」

 渡されたボールを今度は一条が床へと打ちつける。そんな一条に同意する形で頷くと、じゃあ、と長瀬はボールを一条から奪い取ろうと腕を伸ばす。油断していたせいもあってか、するりとボールは手から離れて長瀬の方へと渡り、また床にボールをつく音が聞こえる。もう誰一人来ないだろう体育館にその音はよく響いた。

「こんな簡単にボールをとれるんだったら、俺も二人と同レベルか」
「! ちょっと待った。今は油断してただけだ、長瀬はサッカー部だろ? 流石に負けねーよ」
「いーや、俺だって手伝うこともあるしな。お前らくらいには上手いはずだ」
「あ、くらいってなんだよ! 俺らだって長瀬には勝つって!」

 なんだかんだと言い合い始めた二人を面白そうに伺う。そういえば最近はテレビの中やテスト勉強ばかりでこんな風に二人と過ごすのは久々だった。
 同じバスケ部の一条はともかくとして、長瀬まで加わるのはあるにはあることなのだけれど、毎回ではない。

「ほう、じゃ、勝負な! ほら、お前も!」
「え、俺も!?」
「当たり前だろ! 弱小バスケ部の底力見せてやろうぜ!」
「いや、弱小部に底力もなにもない気が」
「フリースローでいいよな。順番で五回、多く入れた人物が勝利ってやつ」

 感慨深げにほのぼのとした思慮に耽っていると、あれよあれよという間に決まったらしいフリースロー対決にいつのまにか巻き込まれて目を白黒させる。
「折角だからなんか賭けようぜ!」
 どう返答しようか迷っている最中の一条の発言に、長瀬と顔を見合わせる。フリースロー対決自体も断る理由もなし、何かを賭けるというのもなかなか面白い申し出だと、二人して乗ると決めた。

「妥当なところで宿題やってもらうとか?」
「却下! お前の成績に見合う宿題なんて出せるわけねーだろ!」
「しかもクラス違うだろ」

 うーん、と首を傾げて考える。さて、なにかあるだろうかと思う。
 正直何か欲しい物はないのだけれど、面白そうな話題も浮かばない。どうしようかと考えていると一条が思い立ったらしく二人へ向かう。

「バスケ部のへの強制活動権ってのは?」
「俺、サッカー部だぞ。別に構わんが強制が無理な時もあるし」
「それじゃ意味ないし……普通に食べ物とか?」

 結局無難な答えに行き着いた意見に三人は軽く頷いた。残すはメニューだけだと、出来る限りのメニューを思い出す。
 長瀬が床に付いていたボールはいつの間にか一条の元へと戻っていて、体育館はいっそ無音に近い。

「あ、俺、愛屋の雨の日限定メニュー食いたい」
「え、あれ長瀬食い切れんの!?」
「チャレンジしてみたかったんだよな。負けた二人で全額負担な?」
「ああ。そのくらいの方が賭ける甲斐があるかも」

 そうして長瀬が提案したのは男子高校生には有名な丼物だった。決まりだと三人はとりあえず適当に順番を組む。
 だんだんと音が聞こえ、まずは一番手の一条がゴールに向けてボールを放った。


 部活動を始めようと思ったのはほんの成り行きのようなもので、別段に興味があったわけでもなかった。けれどあの決心は中々良いものだったと思える。
 下らない賭けに下らない会話。そんな至極当然な男子高校生らしい会話は随分と縁遠くなってしまっていた。この高校に来るなり巻き込んだのか巻き込まれたのか、そんな事件と向き合ってばかりだったからだ。
 けれどそれとは関係なく遊べるこの瞬間がなんだかとても貴重で物珍しい気がして目を細める。まるで昔を懐かしむお爺さんのようだと思い直して、そんな自分に呆れて見せた。

「ほら、次お前の番!」
 そうして直ぐに、どこからともなく二人からかけられた言葉に頷く。自分は楽しいのだけれど、他から見たら何をやっているんだと思われそうだ。けれどそれはそれでこれはこれ、勝負は勝負なのだからやるからには真剣に。
 そうゴールを見てボールを挟み込んだ。

 両手から弧を描くように放たれたボールをじっと見つめながら、あと数時間、こんな平凡で下らない時間が続くのだったら奢るくらい訳ないのかもしれないと少しだけ頭を過ぎった。

学生の本分?