つまらない授業は相変わらずだと唇を軽く突き出す。午後になって最初の授業はお腹がいっぱいなのも手伝って尚のこと眠気を呼び寄せる。
 あと何分かなぁと時計を見て、さっきから五分しか進んでいない事に気が付いてぼんやりと窓の外を見上げた。
 外は快晴で霧もない。そんなことを気にしながら視線を下にずらして見ると見覚えのある顔を見つけた。
(先輩だ!)
 ひとついいことがあったと、銀と灰の中間色を見つけて頬を綻ばせた。まじまじ見つめれば教師にばれてしまうから横目で追いかける。
 軽く観察していると先輩は、そのままオレンジに似た髪だからきっと花村先輩と一緒にランニングを始める。こんな暑い中大変だろうなぁなんて思っていると、案の定花村先輩が遅れていくのが見えた。少し先に、段々と間が空くように先輩が走っている。
(先輩、長距離も得意なのかな)
 新発見をして口元が綻む。そうして少し経って、千枝先輩と雪子先輩が花村先輩に追いついて、何か喋っているうちにマラソンは終わったようだった。
 そんな風景は当たり前にいつでも広がっている光景だ。自分だって何度も見ていてその輪の中にだって入っている。
 入ってはいるけれどやっぱり入れないことだってある。だって私は後輩で先輩達は先輩だ。
(あーあ、あと一年早く生まれてればなぁ)
 アイドルとして生活した今まで感じたものとは真逆の思いだ。一年の年の差で左右される世界は、学校生活でも変わらないらしい。

 相変わらず授業はつまらない。
 例えば今指されているのが花村先輩だったら。問題を黙々としているあの子が雪子先輩だったら。眠そうに必死にノートをとっているのが千枝先輩だったら。
 それにそう、例えば、私の隣が先輩だったら。
 きっと五割増で学校を好きになるんだろうと思って、よくわからない数式の羅列から目を逸らした。


「あーあ」
「なんだお前」
 授業が終わってまた授業。しかも移動教室だとため息をついていると完二がこちらを覗き込んでくる。よくよくサボっていたらしい完二が最近学校に顔を出しているのに、クラスメイトは怖がっていたけれど先輩達がいるのが理由なことくらいよく分かった。
「完二しかいないなんて詰まんない!」
 鬱憤と言うべきか思いの丈を小さく叫ぶ。完二は少し驚いたようだったけれど、すぐに応戦してくる。
「んだよテメーいきなり!」
「だって、私だって先輩達と一緒に授業受けたいのに。完二しかいないし」
 そう口を突き出すように言えば、ぽかんとした顔で完二は首を傾げる。
「や。当たり前だろ、先輩らは二年なんだし。つーか俺ともクラス違ぇし」
 正論中の正論をぶつけてくる完二は正しいのだけれどなんだかとても気に入らない。
「うるさいなぁ、分かってるよ。でも思っちゃうのが女の子なの! っていうか女の子同士の会話を楽しみたいの! ……雪子先輩と千枝先輩はいいなぁ」
 先輩がいないのも寂しいけど、せっかく普通の女の子になったんだから女の子の友達同士で買い物なんかを楽しみたかった。
「完二だって、先輩や花村先輩みたいに仲のいい友達欲しいって思うでしょ?」
「べ、別にいらねーよ」
 はたと思って聞けば少しどもりながらそっぽを向いた。分かりやすいなぁ、なんて思いながら苦笑する。

「でもよ」
「ん?」
「先輩らは確かに同じ年でクラスだけどよ。その、俺らみたいに年が違ってもああやって接してくれるっつーのが、やっぱいいと思うぜ。それにああゆう人、そんなにいねーだろうしな」
 恥ずかしそうに目線をそらして言う姿は先ほどよりも少し真剣味を帯びていて目を丸くする。
 でもその意見はとても賛成で、けれどただの同意は少し悔しかったので手を大きく開いて完二の背中に手を当てる。
「やっだもう、完二のバカ。恥かしいこと言わないでよ!」
「痛てぇよ! 力任せに叩くなよな!」
 ばしばしと音を立てると非難の声がかかるが気にしない。
「だって、完二が真面目に恥かしいこと言うんだもん」
 笑ったけれどやっぱりそれは嬉しい一言だった。もちろん完二には伝えないからそのままくるりと身を翻す。
「でも、里中先輩は特に羨ましいよ。だって先輩の隣の席とか!」
「そっかぁ? あ、でも花村先輩が授業で当てられても先輩が大抵教えてくれるって言ってたな」
「なにそれ! もう、先輩ホント格好良い!」
「お前、結局先輩と同じクラスになりたいだけなんじゃねーの?」
 呆れたような言葉に悪い? と返して完二を見る。やっぱりこういうところは扱いやすくて話の方向転回がしやすいなぁなんて少し失礼なことを考える。
「ま、誰もいないよりは、同じ学年に一人いるだけでも良しってことにしとこっかな」
「それって俺のことかよ!?」
「あーでもいないかなぁ、女の子の友達」
 非難めいた声を背後から浴びせられていたけれど気にせず話を進める。友達を作ろうにもまだりせちーのイメージだけが一人歩きしているから、どうせならあのテレビの中の話も出来ちゃうような新しい仲間みたいな、それこそ里中先輩と天城先輩みたいな。

 そんな都合のいい未来を見つめる。チャイムが鳴るまであと五分。
 そしてそんな理想的な未来が実現するのは約二ヶ月後の話。

one, age limit