こんにちは、と小さな声で父親に隠れながらも挨拶を交わした彼女はとても素直で可愛くて、そしてなんだか少し壊れそうな印象を抱いた。


 五月の連休の途中。里中達の提案で集まった帰り道、隣でそれこそ楽しそうに笑う従妹に問いかけた。
「えっと、今日は楽しかった?」
「うん! 菜々子ね、ジュネス大好き! ……お、お兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
 聞きなれない単語はそれでも決して嫌ではないから、笑みを作る。無表情だとよく言われるからわかる様に笑ったつもりだ。
 それを汲み取ってかは分からないけれど、彼女はえへへ、と満面の笑みだ。少し見習いたい。
 もともと従妹という存在は知っていたけれど、会ったのは数える程らしく、俺はもちろんだから、彼女は知りも覚えてすらいなかっただろう。高校生である自分はこうして小学生と関わり合いを持つことはない。だから世間一般の小学生と比べることは出来ないが、彼女は人に迷惑なんてかけない、酷く手のかからないだろう大人びた子であった。
 尤も、連休に遊びに行く約束を反故されたときの反応を見ると、やっぱり可愛い年相応の子なのかもしれない。
「ねぇ、菜々子ちゃん。他になにかしたいことある?」
「……?」
 そんなことを考えていたせいかするりと自分の口から出た言葉に、当の彼女はよく分からないと言わんばかりの表情を返した。俺はまぁそうだろうなとは思いながら、聞きたいことでもいいよと付け足した。

 ただジュネスに行って御飯を食べただけでこうも楽しそうで、忙しい父親との約束が果たされなかった時の淋しそうな表情の落差が顕著過ぎた。だからせめて暇な俺とだっていいのなら、何かしたいことがあるんなら付き合おうと思ったからだったのだけれど、あくまで居候でどう考えても余所者なのだから、この提案はしなかった方がよかったかもしれない。

 結構勇気を使ったんだけどなぁ、と独りごちると、あのね、と悩んでいたらしい彼女が小さく聞いてきた。
「お、お兄ちゃん。こんどがっこう早くかえってくる日いつ?」
「? えーっと、金曜日かな」
「分かった。菜々子、ごはんかってまってるね」
 聞きたいことはあまりにも事務的で俺は内心困った。もっとこう、遊園地に行きたい的な想像をしていたのだけれど。そこまで考えてあまり会話のない、しかも年の離れた男なんかにして欲しいこともないのが当たり前かもしれないなぁ、と自分の結論に一人納得してみせる。
「えっと、よろしく?」
「うん! お兄ちゃんなにが好き? 菜々子それかってくる!」
 まだまだ慣れない生活の中。
 従妹の心やさしい発言と笑顔を見て、自分たちの関係に進歩を見つけた気がした。

約60センチの差