こつこつ、とペンを机につついてノートを見つめていたが、段々煮詰まってきたのを自覚して伸びをする。
「あ、」
 その瞬間ガラリ、と音を立てた教室の扉に目をやれば彼がこちらを見つけて手を上げた。
「リーダー、こんなところにいたんだ」
「うん? あ、何か用事だったか?」
「いいや。別に」
 首を横に振ってこちらに歩いてきたのは、月光館学園の高校生であり、俺らと同様ペルソナを扱う――なんとなく、向こうの方が歴戦が上の様な気もするが――S.E.E.Sのリーダーだった。
 隣に座ったまま彼はこちらをじっと見ている。
 片目が隠れた髪型だが、その綺麗な青い目がまるで瞬きすらしていないような気さえして、少し気まずい。
「……え、本当は何か用か?」
「だから無いって。君を見つけたから見てるだけ」
「……凝視はやめてくれ」
 ため息一つで色々な感情を押し出して、ノートに意識を戻す。

 大体にして俺がなんでこんなことをやっているのかというと、この真横で相変わらず凝視している、便宜上サブリーダーの名を冠した彼のせいだと言っても過言では無い。
 年齢も同じとはいえ実際は年上だし、向こうではリーダーをしているのだから順当では彼がリーダーで良いとは思うし、そう何度か言ったのだが。
「どうでもいい」
 そう一言言われてしまった。いや、どうでも良く無いだろ、と珍しく突っ込んでしまったのは記憶に新しい。陽介の仕事を奪うところだった。
 結局押し切られてリーダーなんてものをやってるが、正直向いてないと思う。特に向こうには現時点で高校三年生がいるというのに。

「はぁ……」
「悩み事?」
 君のことだよ、と言いかけて口を噤む。流石にこの言い方はちょっと誤解を招きそうだ。ついこの間、運命の相手とかに無意識で選んでしまったのだし。あれは色々と申し訳なく思う。陽介にも「正論と直感を信じるのはお前らしいし、良いことだとは思うけどもう少し周りの反応を考えろ」と呆れた顔で言われてしまった。
 まぁごーこんきっさの探索で想像しなかった俺が悪いんだが、同じワイルドでリーダーらしき立ち位置。気にするなと言う方が無理だと思うのだけれど。
「ちょっとこの後のペルソナの割り振りに困ってて」
 どっちがいいかな、と言おうとしてまた例の一言を言われるだけかなと予想する。そんなこと言っておいても、実力は折り紙付きなので頼りっぱなしではあるのだが。
「……これはこっちの方がいんじゃない? 元々のスキル重視で考えるのも手だけど、今回はアギ系が重要でしょ。……あ、でも回復が手薄になるね。んー、じゃあ、こうするのは?」
 さらりと彼の前髪が横に流れて、すらりとした指がノートの上で動く。今はずっと日中だけどこの人多分月明かりの方が似合う気がする。そんなことを思って見ていると、彼は急に顔を背けてつぶやいた。
「……視線が痛い」
「えっ、あ、悪い」
 思わず謝るが、そういえば向こうも凝視してきたなと思い出す。お互い様だなと思考を切り替える。
「ね。これどう?」
 俺が書き込んでいた紙に、上書きされた文字は投げやりそうな普段と違い、しっかり書かれていた。
「ん? ああ……なるほど。あとは――」
 この手があったか、と賛同して残りの一つを埋めた。うん。これなら何とかなりそうだ。
「いいね」
「ありがとう。君がいてくれて良かった」
「そう。結構適当だけどね」
「なら尚更だ。やっぱり君がリーダーの方が皆いいんじゃないか? 俺より頼られてるし」
 くすくすと言ってみれば、彼はきょとんと目を瞬いて首を傾げた。先程よりも髪が動いたせいか、珍しく右目も見えている。相変わらず両目とも綺麗だ。
「え、やだ。君の方がいい」
「え」
 どうでもいい、と言われるかと思ってふざけて言ったらそんな言葉を返されて思わず止まる。思いがけない言葉少し戸惑ってしまう。
「君、気付いてない? 君たちの仲間は当然だけど、荒垣先輩たちにも一目置かれてるしめちゃくちゃ頼られてるよ」
 疲れた、眠い、と合間に挟みながらも机に突っ伏しながら言われた台詞につい頬が緩む。
 俺は酷い人見知りと言うわけではないけれど、だからといって初めて出会う人に作戦を立てたから戦闘をしてくれ、と自信満々で言えるタイプでもなかった。だからこそ、その初めて出会う人の中の、中心人物にそう言われてしまえば嬉しいに決まっている。
「そうか。なら良かった――あ、ごめん」
 本当に眠そうだなと苦笑して、思わず頭を撫でてしまっていた。多分俺よりパーソナルスペースは広いタイプだろうに。
 ホールドアップみたいに両手すっとあげてからから遠ざけると、きょろりと目を向けてこちらを見てくる。
「え、そのままでいいのに。君、手が温かいから気持ちいいね。ほらほら」
「ほらほらって……」
 これはもしかして催促されているのだろうか。とりあえず先ほどと同じ様に髪の毛を手に触れた。さらさらと変わり心地が良いな、と思った。
「そういえば、さっき言い忘れてた」
「ん?」
「僕、向こうで指示出すのも最初はどっちでも、どうでもいいと思ってたんだ。でも君が居てくれると……安心する。だから辞めないでよ、リーダー」
 投げかけられた言葉に、思わず目を見開いてしまった。
「もし疲れた時、二人きりの時は僕がリーダーかわってあげるから」
「そ、れは……二人きりならリーダーも何もない気が……」
「バレた? でも戦闘で君が指示出してくれるの、結構好きなんだけどな」
 ――運命の相手の言葉、信じられない?
 加えられた言葉にピクリと手を止めてしまえば、珍しく彼は楽しそうに笑った。
 顔に熱が昇るのを感じて、それを逃すかの様に息を吐いた。
「君、モテるだろうな。色んな人を勘違いさせてそう」
「え、君だけには言われたくないんだけど」
 酷く頓珍漢な台詞を言ってしまったらしく、彼は笑みをすぐに消して「そんなことよりさっきの続き」と俺の手を引っ張ってきた。どうやらそのまま寝てしまいたいらしい。隙を見せないくせに無防備に目を閉じるなんて、この人やっぱりモテるし天然だな、と笑った。





「じゃあ、今度は甘えさせてもらう」
「いいよ。君になら」
「……その口説き文句、俺も見本にした方がいいのかな」
「それは駄目。君がやると被害が甚大だ」
「……俺だって、君には言われたくない」

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