朝の日差しが眩しくて、目を開けると朝が来たのだと分かる。
 頭が痛いのは寝付けずに、また夜中に何度か起きたせいだろう。けれど今日からはまたアルビオールで旅に出なければいけないから、ゆっくり頭を振って伸びをした。
「みゅううう」
「んあ? あれ、ミュウ」
 いつも自分の後ろを歩いているミュウがこちらを見つめていたのを知って首を傾げた。確か、昨日はティアと一緒にこの部屋を出て行ったきりだったはずだ。
「ご主人様、ごめんなさいですの……みゅうううう」
 鳴き声なのかよく分からない声にその理由も思い出す。そのまま頭を掴もうかとも思ったのだけれど、今まで見たことの無いほど意気消沈しているのを知ってそれを中断する。言ってしまった発言を消すことなんて出来ないことくらい、嫌になるくらい知っていた。
「……まぁ、今更怒ったってしょうがねーな」
「みゅ?」
 怒鳴られるか蹴られるか思っていたらしいミュウは、びっくりしたようにこちらを見上げる。
 ミュウが伝えたのは、今、自身が抱えているなかでも重要なもので、誰にも知られたくないものだった。
 だからこそジェイドには釘を刺したのだし、実際困ったことをしてくれた。よりによってティアからミュウの名前を聞いた時、苛立ちと似たようなものも浮かんだ。
 けれどそれも一瞬で、結局過ぎてしまった出来事なのだ。

 誰にも伝えたく無かったから、知られてとても嫌なことだった。
 そのはずなのに、知られたことを少しだけ安堵している自分がいるような気もしている。

「ご主人様?」
「ったく、もう誰にも言うんじゃねーぞ」
「みゅ」
 こつん、と額らしき場所を小突くと、ミュウは少しだけ笑顔になる。

 死というより文字通り消滅というべき事実は、時を追うごとに現実味と恐怖が増していく。
 いつかじゃない今。たった今この鼓動が止まったら、そう考えて足元が真っ暗になる。どうしてあんなに命のやりとりをして、危ない橋を何度も渡って意識を失いかける闘いもしたくせに、白い布を敷き詰めたような静かな部屋の中、医師の言葉だけでこうも心に刺さるのだろう。
 刃物なんかよりよっぽど痛くて居た堪れないなんて。

 それでも、昨日より今日、今日より明日。明日より明後日。

 そんな風に毎日を過ぎてそうして段々と認めていくのだと思う。認めて、仕方ないと考えていく。それが諦めなのか受け止めたとすべきかは分からないけれど、もしかしたら余裕が出てくるかも知れない。その前に消えてしまうかも知れないけれど。
 きっとそうやって生きていくのだろう。そう思う程度までには混乱は収まっていた。
 よく分からないミュウの、自分への忠誠心も心地良いとまでは言わないけれど、誰かに心配されるのは嫌では無い。心配はさせたくないくせにしてくれると嬉しくて、どんな返答を返して欲しいのかすら分からないのに本当に面倒なものだと自分でも思う。

「ご主人様ご主人様! ご主人様が辛くなったら僕が代わりに戦うですの!」
「はぁ? どうやんだよ」
「火を思いっきり噴くですの! 僕、頑張るですの!!」
 すっかりテンションを取り戻したらしいミュウはぴょんと立ち上がりなんとも恐ろしい発言をする。そもそもアタックといい、人間より大きい岩を簡単に壊せる威力は使いどころを間違えればこちらにも被害が及ぶことは知っている。
「いや、なんか加減とかし無さそうで怖ぇから止めてくれ」
 ミュウの名案を一蹴して立ち上がる。さっさと支度をして剣をとる。ミュウが心配をするような戦闘は避けようと思いながら、ドアへ手を掛ける。
「行くぞミュウ」
「はいですの!」
 ぴょこぴょこと付いて来たミュウに小さく苦笑しながらドアを開ければつい最近やっと慣れた外へ向かうための廊下へと繋がっていく。

 そして俺は外へ足を踏み入れる。すぐ近くの未来に俺は弾かれてしまうだろう世界はそれ故に、とてもとても綺麗だ。

消散カウントダウン