これは夢なんだろうか幻なんだろうか触れたら消えてしまうのだろうか。だとしたらこんな残酷なものはない。
 でもここに彼がいるんだとどこかで確信もしていて。心が二つあるみたいだ。幸せとそれが幻だったらと思考が絡み合う。
 いつだって夢見ていたからそれが簡単に打ち砕かれた続きを知っているから。

 闇夜とか暗夜なんて似合わない、空は星と満月が綺麗に輝いていて。足元にあるセレニアの花もそれに反射するように白い。
 大譜歌を歌うのは実は久しぶりだったけれどなんとか歌い終え、大佐の声に賛同して座っていた場所から立ち上がったときになんとなく理由もなく振り返った。そんな私の行動がエルドラントで彼一人を残したときと同じだったと思えるほどの余裕はなくて。
 どこかが震える。手とか心とか頭とかそんなものじゃなくてどこかわからないくらいに全身が、周りが。
 どうして、と声まで震えて言えば彼は笑ったように答えた。
 声は低くなったのだろうか背は高くなったのだろうか、表情は逆光のせいか見えないけれど笑ってるんだと口角が上がったので分かった。
 震えはまだ止まらない。そこで彼の表情がちゃんと見えないのが夜だからじゃなくて自分が泣いていることが原因だと気付いた。流れ出る涙が止まらない、こんなに泣いたのは子供のとき以来だ、彼がいないと泣くこともできないなんて本当可愛くない。でもどうしよう。これじゃあ、いつまでたっても顔を見つめることなんてできないのに。思い出せるのはいつだって苦しさを隠すような笑みや心底幸せそうな笑みや本当に笑顔ばかり。怒った声も思い出すことはできるのだけれどやっぱり笑顔が大半で。
 泣き止みたいのに口を閉ざして真一文字に結んでもそれは止まってくれない。いつだって心を掻き乱して余りある彼の笑顔をぼやけることなくこの視界に見出したいのに。

 二歩、三歩と思うように動かない足を必死に動かす。
 彼に近付けばセレニアの白い花弁が月へと吸い込まれるように舞った。頬に伝った涙が風に揺られて冷たい。やっぱりこれは現実だ。ほら、彼の顔がしっかり見えた、きっと触れても消えない。
 だから早く名前を呼ばなければ。
(ルーク、ルーク、ルーク)
 頭の中で反芻して、空気に震わせる準備をする。


 やっと話せるのかしら、始まりのときのように始められるのかしら。
 笑って今までを、思い出せるのかしら。探せるのかしら。また、

また二人で、