ダアトに帰ってきて自室の山積みにされた書類を眺めると、短期間とはいえルーク達と旅をしていたんだと実感できた。
片付ける作業の中で一回り時計が進み食事の時間帯がずれてしまったと気付いた。それは別に珍しいものではなかったが、それでも一人きりで食事をとることが懐かしかった。いつもなら賑やかな食事で会話が溢れていて、そうでなくても、導師守護者のアニスがつもそばにいたのに、今回はそれが当てはまらない。彼女がこんなにも傍にいないのは自分が造られてから初めてのことだろう。
いろいろな状況があったけれど、それでもイオン自身にとって主要な街を周る機会はそうあるわけもなくどれもどれもが新鮮であった。
まだまだ作業は終わりそうもなかった。用意された食事を食べ終えて、小さく一呼吸して椅子に座りなおそうとして、直線上の鏡の自分と目を合わせる。
この姿。誰もが誰も、自分の名前を呼ぶのなら“イオン様”というのだろう。
鏡ごしのような顔を見てルークは一体どれほど混乱しただろうか、そして、自分はどうだったろうか。
仮面をつけて“イオン様”と同じ彼は嗤った。欠陥品だと、代用品にすらなれなかったと、同じような彼は言った。けれど彼には名前がある。それを呼べば世界中で彼しか反応しない名前があった。声も顔も同じだけれど、彼は”イオン様”の服装はしない。
変わらない服装。変わらない顔。変わらない声。変わらない名前。
代用品ではなく、彼という存在がそこに成立している。
椅子に座って書類を見上げ、溜息をつくと小さく折られた手紙を見つけた。見なれた文字の差出人は間違いなくアニスであり、丁寧に織り込まれた手紙には頼んだルーク達の動向が書かれていた。忙しそうに世界中を飛び回っているのだろう。それを知れただけで心が軽くなる。
それでもたまに、鏡を見るたびに言いようのない不安が襲ってくるのも事実だった。自分はいったい誰なんだろうと、コピーの自分は何者にもなれない気がして仕方なかった。
だからイオンにとってルークの気持ちが全く分からないというわけでもなかった。被験者がもう存在していない自分たちと違ったとしても、被験者の存在が常に露呈されて、彼に負の感情をむき出しにされている。そしてレプリカの存在が被験者にとってどれほど気味の悪いものかを示されていく。それがイオン自身に降りかからなくてもルークの存在に突き刺さってそうして自分にも突き刺さる。
横を向いて鏡を一瞥して苦笑する。
「……僕だって同じなんですよ」
――きっと知らないだろうけど、僕も貴方と同じで、僕だって君が羨ましかったんですよ。
なにかに縋るようにアニスから届いた手紙を胸に当てる。急にあの五人と酷く会いたくなった。
名前だけじゃなくて僕自身そのものを知ってくれている。僕の初めての仲間に。