ぱらぱらとページの擦れ合う音が止まる。
 いつものように日記を書き終えて、急に読み返そうと逆戻りでページをめくり、目に入った一行だった。
 日記の始まりの方には毎日一言一句変わらない文字が並んでいた。そんな七年間は最後の一年にも満たない期間だけ、凝縮し切ったように俺の中で存在している。それより前の代り映えのしない毎日を、どうして過ごしていたかはあまり覚えていない。
 変動の毎日がその一行を中心に、全てが収束しているかのように思えた。

 晩御飯を食べ終えた今は、宿屋の一角から日記を書いていた。さほど豪華でもない宿屋は、自分が座っている椅子から上にある小さな四角い窓からしか外の風景は見えない。小さい窓はそれだけなのに、あの自分が住んでいた庭よりも大きなもののような気がする。
 きっとそれは、世界の広さと海の深さと人が在ること。ジェイドなんかに比べたら何一つ分かっていないだろうけれどそれでも、それらが広くて深くてとても難解だと、今なら少しだけ分かるからだろうか。

 お世辞にも上手いとは言い難い文字の羅列が、何かを必死に請うように並べられている。
 自分の命の消失を知ったときに書いたこれを、どこまで実行できただろうか。もしかすると、俺はこの通りに生きてこれたのかもしれない。だとするなら本当に幸せ者なのだろう。
 座ったままに閉じた日記を、両手で持って四角い窓へと合わせてみる。遠近法だとしてもこの位置からならぴったりと、窓と日記帳が同じ大きさだった。なんだかそれが少し嬉しかった。だってこの日記そのものが俺が見てきた世界そのものだから。

(俺がいた事実が紙切れ一つにも残らなくても、誰かの心に君の心に残ればいい)





――残りの日記が、いいことだけで埋まりますように――

切り取られた文字