母上が病弱という以外、俺の周りには死に直結する事態は何一つ無かった。もちろん、それはそう仕向けられていたこともあるだろうけれど。
 それでも旅をする前としている今とでは何から何まで違ってしまって、昔にあったはずの考え方なんてとうに崩壊してしまった。

 今と過去、どちらが普通の、良く立ち寄る村の人達の環境に近いのだろうかと考えて止める。どちらにしても普通にはかけ離れているのだろうから。


「ルーク」

 名前を呼ばれて顔を上げる。
 そう言えばティアはまだ十六歳なんだ。一応外見上は俺より年下で、厳密には俺よりは長く生きてきたからと言ってもガイの方が上だし、ジェイドに比べたらの半分以下の年齢の女の子。
 そんな彼女をどうして冷血女だなんて思ったんだろう。きっと見えないだけでいつだって精一杯で優しいはずなのに。強い振りをしているだけなのに。誤解をされてどうでもいいと嘯いて生きてきた自分が過去にいたから、虚勢を張る気持ちは多少解かるはずなのに。

「もう大丈夫よ」
「あ……うん、そっか。じゃ行こうか?」
「ええ」

 俺は笑顔を貼り付けて、なにも大丈夫じゃないだろうと一人心の中で突っ込みながら頷いた。
 結局、俺は何をしたかったんだろう。なにも出来ずティアの落ち着かせる時間を奪い取ってしまっただけなのかもしれない。
 壊したり奪ったり。そんなことは簡単なのに、どうして何かを作り変えたり与えたりするのはこんなに大変なのだろう。

「ルーク」
「ん?」
「……ありがとう」

 けれど、そんな思考の間に告げられたお礼はティアの笑み付きで。
 珍しいくらいに素直なお礼は、実際あまり慣れない。うん、だなんて訳の分からない返答を返して思わず視線を逸らした。
 たった少しの時間を一緒に過ごしているだけだけど、少ないけれどティアのちゃんとした微笑みを知っている。だから、今の彼女が頑張って笑みを作っていることは明白だ。

 ――もっとちゃんと笑えば良いのに。その方がきっと綺麗なのに。

 そんな想いは今の現実からは遠い夢物語だった。
 どうしてティアなんだろうと何度考えても分からない。結局、偶然とか運命とか血筋とか、そんなものにこんなに振り回されてる。
 気が遠くなるほどの祖先までもってこられれば抗い様もない。生まれた瞬間から決められたものなんて、自分の意思なんて関係ない段階での確定された事実なんてものは、今更どうしようもないことくらい今の俺にだって理解できる。


 でも、せっかくだから笑って欲しかった。
 いつだってティアには笑って欲しかった。
 数限られたあの笑みを俺に向けてほほえんで欲しかったのだ。

 そのために何かしたいのに、なにも出来なくて、なにも変わってない自分の無力さに対する苛立ちとか、行き場の無い想いとかを何かに投げつけたくなる。

 どうして世の中はこんなに理不尽なことだらけを敷き詰めているんだろう。



I love you.訳したー[http://shindanmaker.com/67470]
I love you.をルーク風に訳すと『君のほほえみが欲しい』です。

君のほほえみが欲しい