(なぁ、お前がなりたかったものはこんなに重いものだったんだ)


 かっちり着込むタイプの服は本当に着たことがない。公に出ることはない俺にとってそれは当然のことなのかもしれないが、こうして慣れない状況はあまり気持ちのいいものではなかった。それにしたってここまで全身が締め付けられるものなのか。なんだか首周りが苦しい。
 俺に対する詫びだとかナタリアは言っていたけど、俺に死んでほしくないと少しでも思ってもらえたのは分かってたし、それでも譲れない立場があることも分かっていて、なにより自分はそれ以外選ぶこともできなかったし、選ぶつもりもなかったからそれはいらないものだったけれど。
 結局アッシュに助けてもらったようなものだ。だからこれを着るのはアッシュだけで十分、とも思っている。
 それになにより。似合わない、と思う。
 それは顔立ちとか、仕草とか、着慣れた感じ、とかだけではなくて。自分には到底関係のないような服を着ることに抵抗があったからだ。だから今もこんな格好をしていること自体に違和感がある。だから似合わないと思う。


 胸にかけられたものはキムラスカの皇帝陛下に認められた証。
 功労が認められ称えられた証、きっとそれは、英雄の証。


 思わず握った両手はいつもとは違った白い手袋で包まれていて、その中の汚い手を開いた。
 1万人のレプリカを犠牲にして、のうのうと生きていけるはずがない。
 多くの人を手にかけてこの手を汚した俺の罪。自分の我儘で自分の為だけに色々なものを滅ぼした俺の罪。
 瘴気の中和として一瞬で消えるより、いつか分からないその日を震えながら待つ。これが俺の罪への罰。
 だから与えられたリミット。きっとそうなんだ。
 そんな中で生きている俺は、見殺されたレプリカにどう映っているんだろう。そんな中でもやっぱり生きるってことに嬉しささえ感じて、空に浮かんでいる音符帯に感動することができる俺をどう思うだろう。
 ジェイドとティア以外に誰にも知らせることなく、仲間になにも言わないで俺自身が安心して今まで通り生きていこうとしているのは、やっぱり傲慢で本当に英雄とはかけ離れている存在だ。

(人殺しのくせに、英雄なんておかしいよな。でもあの頃は自由になれるって、英雄になれるって喜んでたんだよな)

 まだこの整えられた髪が腰につくくらいだったときに夢見た幻想。
 それはまるでいいことしかない世界のようで、自由になって屋敷から出て、尊敬する人と一緒に旅ができて、これからそんな生活が続いてくと馬鹿みたいに信じきった内容だった。英雄になることはその中の過程でしかなくて酷く簡単なものだと思っていた。
 結局、それは何一つ叶わずに何も変わらず今、これだけが適ったのかも知れない。

 軽い布のはずなのになぜか重い、肩に掛けられたそれを直していると、トン、と扉が叩かれる。きっと仲間の誰かだ。
 少しだけ悲しくて嬉しい顔をしているだろう自分はたぶん言い訳が下手だから、ティアじゃなければいいな、ナタリアじゃなければいいな、と思いながら、迎えるために自室の出口へと近寄った。
 ドアを開く直前に、窓の光で反射した自分の姿を横目で見る。俺の姿はやっぱりちっとも似合っていなかった。

splinter of broken wish