それでさよなら。  まっすぐに見上げてみても、周りの光が強すぎて目指したものは見つからなかった。
「夜なのに明るいんだな」
 いつも見ていた空に輝いていたのは確かに星だったのだけれど、それでも男は感心したように上を見上げたまま頷いた。
「何言ってんのよ? 夜なんだから暗いにきまってるでしょ、ほらっ」
「あのなぁ……俺だってそこまで馬鹿じゃないんだから分かってるよ。ただリーネならこの時間、星が見えたはずだと思っただけ」
 それでも隣から差し出された指先を目線で追っていったが、結局先ほどまで見ていた場所へと収束して意味をなさなそうだった。
「確かにあんな田舎じゃ、夜は特に真っ暗でしょうねー」
 差し出した腕を下げて、ルーティはからかうように笑う。その笑みがなんだか悔しくてスタンは少し向き直って言い返す。
「なんだよ田舎田舎って! そりゃ田舎だけどさ、いい所なんだからな!」

「……おい、お前ら……」

「あ、リオン」
「お邪魔してるわー」
 背後からの声に振り向くと、二人が先ほどの空気を一蹴してこちらへと向き直る。
「人の庭で喧嘩をするな。煩い、迷惑だ!」
 普段から愛想いいとは言えないリオンは、それを隠すことも無く二人へと向き直る。どうにかグレバムを倒して各々の村や町へと帰る予定だったが、ルーティとスタンはそれを明日に伸ばしたらしい。
「なによ、こんなに広いんだからいいじゃない。お坊ちゃんのくせにケチくさいわねー」
「そうそう。それにしてもやっぱリオンの家はでかいよなぁ」
 いつの間にか共同戦線でも張ったのだろうか、自分に分が悪いような気がして更に不快感が増す。間違ったことは言っていないはずだ。
「その言い方を辞めろルーティ!」
「お坊ちゃんをお坊ちゃんって言って何が悪いって!?」
「これだから常識もない、がさつな女は嫌なんだっ」
 売り言葉に買い言葉。
 そうしてヒートアップするのはいつものことで、唯一止められそうなスタンは言い合いを気にも止めずに、ぼーっと上を見上げていた。
「だいたいねぇ、そんな素っ気ない態度取ってるとマリアンに嫌われるわよ!」
「マリアンは関係ないだろ! というかお前にはもっと関係ない!」
「あーら、私はアンタの為に――」

「お、あれ星かな。やっと見えた」

 ルーティがリオンと目線を合わせるために立ち上がろうと瞬間に、スタンがそれまでの空気を文字通りぶち壊す声を上げた。
「……スタン、あんたねぇ今の今まで星探してたの?」
 リオンへと向けるはずだった視線をスタンへと移り替えて、今までの勢いをそのままに声にして叫ぶと、スタンはたいして気にしていないように頷いた。
「だって二人とも楽しそうに話してるからさ」
「「楽しくはない!!」」
「ご、ごめん…………ほら、そーゆところ、そっくりだな」
 今度こそ同じタイミングで怒鳴って、リオンは右手を自分のこめかみを押さえた。するとスタンの声が聞こえて内心舌打ちをする。どうやら自分はルーティと全く同じような行動に出たらしい。最も、ルーティの場合はその行動の前に一度、スタンの頭を軽く叩いてはいたが。
 血縁関係よりも生まれた時間よりも、育った環境で性格は形成されるとどこかで習ったはずなのに、それが当てはまらないような気がしてならない。それでもリオン自身はルーティと性格が似ているなどとは思っていなかったし、思いたくもなかった。
 リオンより一足先にスタンに抗議しているルーティを横目で見ながら、溜息を漏らしながらも落ち着きを取り戻した。
 思えばここ数ヶ月は慣れないことばかりだ。いくら命が下り仕方ないとはいえ、戦闘からしてチームでやるということが煩わしかった。単独で行えば成功も失敗も全て自分の責任となる。けれど複数だと、たとえ自分がミスをしなかったとしても失敗が存在する。兵士たちとならまだしも大半が田舎者の集まりだ。騒がしいほどに会話が存在するのも、そういえば初めてかもしれない。
「ちょっとリオン! 聞いてんの!?」
「黙れヒス女」
「なんですってぇ!?」
 けれど今日で最後だ。煩わしいのも、面倒な会話も全て。明日からはまた前と変わらない毎日が始まる。だから、こんな会話は早く終わればいい。
「でもさ、リオンもまた会えるよな。俺会いに来ようかな」
「はぁ? スタン、アンタって本当物好きねー、私は御免だわ」
 急に言われた言葉に、内心驚いている間にルーティが首を左右に振りながら答えた。
「僕も御免だな」
 返した一言にスタンは怒るでもなく苦笑を洩らした。どうやらこの程度の言葉は彼も慣れてしまったらしく、堪えることもなく能天気に笑っていた。
「そんなこと言うなよ。フィリアにもマリーさんにも、ウッドロウさんにチェルシーもまた会いたいだろ。せっかく仲間になれたんだしさ」

 ――仲間? 馬鹿馬鹿しい。
 そう言ってしまえばよかったのだが、なぜか言葉にできなくて小さく首を振って言葉を告げる。
「フン。別にいらない」
「ったく、素直じゃないわねぇリオン坊ちゃんは!」
「ルーティもだと思うけど……」
 小さく呟いたスタンの意見に頷きながらも、また頭を押さえる。先のスタンの言葉から不機嫌が増したということに、スタン本人が気付いていないのだから本当に煩わしい。
「ま、そんな訳でそろそろ宿屋に行くよ、じゃーまたな、リオン!」
「マリアンと仲良くしなさいよねー!」
 最後の最後まで心底気が合わないのだろうか、投げかけられた言葉を返すことなく部屋へと戻る。今までの旅道具を部屋の端において椅子に腰かけた。

 やっとこれからは独りで行動ができる。下された命をこなし、いつかマリアンと同じ目線で立てるまで。それまで走り続ける必要がある。
 そのためには他の事はどうでもよかった。実の姉に真実を伝えなくとも、空の星が見えずともそんなことは。
 だからこそこんな毎日がやっと終わりを告げて嬉しいのだ、自分は。そうに決まっている。
 目が覚めたら、きっとまた慣れた日常が始まるはずだ。

それでさよなら。