遮断された線引きの中心に私は立っている。
 これは無意味な立場ってことなのかな。





「……何をしてるんだ、ファラ」
 いつもなら幼馴染の赤毛の青年が言いそうな呆れた顔をしたのはキールだった。
 些か意味不明だと言う彼は、幼馴染の彼女が空に向かって両の手のひらを広げ、まるで何かを押しているように必死だったところを見つけたからだ。
「修行だよ!」
「ええと……何のだ?」
「極光の壁を超える修行!」
 きっぱりと言い切ったファラにキールは目を見開く。いろんな言葉を脳裏に思い描き、口に出たのは小さなため息だった。
「そういう行為は無意味で非生産的だと思うんだが」
 続けた台詞を投げかければ、少し唇を突き出してファラはキールへと向き直る。
「分かってるからそんな真剣に言わないでよ。でも、頑張ればイケそうかなって」
「それは分かってないというんだ」
 キールが頭を振って額に手をやると、馬鹿にされたとファラはその行動を中断した。
「やっぱり? 修行次第で開くかもって思ったのに。それに、もし開いたら」
「……万が一にも無いと思うぞ。あれは僕達がどうこう出来る代物じゃない。そもそも、極光術なんて晶霊術の」
「だ、だから分かってるってば!」
 負けず嫌いでいつものメンバーの中、知識面で右に出るものはいないキールに断言されたらファラにはいくら説明されても理解できるはずもない。キールの言葉を中断させてファラは空を仰ぐ。

 ――でも、それでも、開くことができたら、一緒に極光の試練を受けられたら、こんなにリッドに任せっきりじゃなくなるのに。

 硬くも柔らかくも無い感触は頑なにリッド以外の、極光の素質を持たない他者の何人も受け入れはしなかった。そこにある不安定な隔たりは確固たる線引きだ。
「あ、そういえばメルディは?」
 リッドは当番で食材調達に出かけているからとキールに付け加えると、頷きながら後方のバンエルティア号を指差した。
「あそこでチャットとクィッキーと遊んでいる。全く、危機感が足りないんだあいつは」
 今度こそ完璧に馬鹿にしたような台詞はどうやら心配とやきもきを混ぜたようなものだったので、ファラは苦笑だけを返してもう一度キールを見つめる。
「キールも通れないんだよね」
「ああ」
 手をやると壁が存在するかのように手が止まる。するりと進む事がなかったキールとファラ。ファラは同じ状況であることに安堵ではないけれど、少し気が楽になったことも確かだった。


 キールが言うようにあの壁ともいえる隔たりはよく分からない、未知の感触がした。
 そしてそんなよく分からない存在によって、あの時このメンバーを簡単に三分させられたのだ。
 ひとつはリッド。光の極光を持つ者。
 ひとつはメルディ。闇の極光を持つ者。
 そうして最後のひとつは、そのどちらにも当てはまらない者だ。


 反発されたメルディはあの隔たりに手を当て続ける事はできない。光の極光から拒絶されるのは、メルディが闇の極光を持つからだ。だから闇の極光を受け入れる隔たりがあったとしたら、きっとリッドも反発されるんだろう。
 ――でもきっと、私はどちらも触れる事ができる。だって、そのどっちにも属さないから。ただの私はただ触れることはできる。ただ、

「……ただ待ってるしか無いなんてなぁ」
 極光を持たないから、リッドが極光の試験も重なって、疲れているのがなんとなく分かっても何もできない。
 前のように帰りたいとか国に任せるべきだなんて言わなくなった彼はきっと少し変わった。でもこの世界が無くなる事態を打開しようと立ち向かうリッドはどこまでもリッドで、変わらないようにも思えた。
 だってファラの知るリッドはそういう人だ。
 ファラ自身、誰より誰かの力になりたくて困ってる人を放っとけない性格で。でも本当は、いつだって最終的にファラごと助けてしまうのはリッドだったのかもしれない。今回なんて世界を救う存在になり得ている。まるでおとぎ話のような英雄のような、選ばれた人のような。それが誇らしくて悔しくて羨ましくて寂しいのだ。
「……そんなことないさ」
「キール?」
 呟いてため息を吐いたファラの台詞にキールは少しこちらを伺う。
「ファラは待ってるだけじゃない。そんなこと僕にだって分かる」
「そう、かな」
「それに僕たちは僕たちにしかできないことを探せばいいだけの話さ。……きっと」
 呟いたキールを見ると、彼はくるりと身を翻してメルディを見ている。
 ――ああ、キールもそうなんだ。
 メルディの背負ってるものはメルディにしか分からない。過去も、戦う理由も自分達よりも遥かに切実で重い。
 それに極光の力はきっとそれを持つものにしか分からない苦悩だってあるのかもしれない。だから試練を終えたリッドはなにも話さず、でもたまに困ったような思い詰めた顔をするのだろう。

 少し拗ねたようで堪らなく辛そうな顔をしている、同じ立場で歯を食い縛っているキールを見つめてファラは小さく頷いた。
 キールも変わったと思う。少し大人っぽくなった。大切な人をしっかり支えようとしている幼馴染はとてもとても頼もしい。
 なら、自分はどうなのだろう。
 変わっただろうか、彼等みたいに。メルディみたいに。誰かに誇れるだろうか。

「……だね。私も出来ること、やらないと」
 笑ってキールを見えれば、同じように頷いて僕もだと声を返した。
「あまり無理しすぎるなよ」
「分かってるって」
 それにそんなこと、メルディに言ってあげなよ、と付け足せばキールは言葉を詰まらせたままそっぽを向いてしまった。それが昔の様で変わっていない幼馴染の姿を見て笑みが零れた。

 試練を終えたリッドが、辛いだろうメルディが、しっかり休めるようにご飯を用意して楽しい時間を作って今までみたいに皆一緒にいる為に。
 彼等を誰より信じてることを、信じ続けることを、これから先ずっと信じてもらえるように。
 出来ることを探すんだ、きっと。

 それに続けた先はいつもの口癖の言葉で、それを何度も口の中で転がした。

Suffering of a middle position