人口の小さなラシュアンの村で幼少期に遊ぶのは基本同年代であったから、リッドとファラとキールはいつも一緒だった。
かくれんぼなんてものはよくやる遊びで、つい夢中になってしまうもののひとつである。
そうして今日、リッド・ハーシェルは途方に暮れている。
「ここ、どこ……?」
つぶやいた言葉は深い森の色に吸収された。蔽い茂る葉によって太陽の光も見えなくて、勢いにまかせて走って逃げていた最中だったから、今いる自分の位置すら分からない。
まだお前は小さいから、そう言って連れて行ってはくれない、魔物がいるかもしれない森の奥。怖いと思っても誰かに伝える術もなく途方に暮れていると、ぽつりと何かが落ちる。
「雨?」
その一言が合図のように雨音が増す。真っ暗な森はさらに黒くなり、適当に走ったこととで場所は全く分からなくなってしまった。
帰らないといけない、帰ってきっと探しているだろう二人に会わないといけない。
立ち止まっているほど不安は募って、小さな歩幅で明るい場所がないかどうにか歩きだした。もう出られないかもしれない、なんて考えを振り払うように頭を振ってとにかく進む。
前に父さんと森の傍まで来た時は、綺麗だとしか思わなかった森なのに。
がさがさと遠くで音がする。叫びたい衝動を抑えて必死に息をひそめる。こうなったら足が震えて逃げることもできなくなった。何一つ持っていない自分が闘えるはずもない。
――怖い、誰か、誰か。
「どうしたんだ?」
呼びかけてきたのは魔物でも父親でもない若い青年。
「ま、まよって……」
誰かは知らないけれどそれでも魔物じゃなかったことに安心して、なんとか口を動かすことができた。青年は少し苦笑して手招いた。心のどこかがこの人についていけば大丈夫だと確信していて、それに従って青年の傍に行けばリッドがついて行けるような速度で歩きだした。
「ここからなら分かるだろ?」
何分か歩いて行けば見慣れた道が続いている。首を縦に振ると青年はリッドの頭に手をやって乱暴気味に撫でられる。それでも不思議と痛くはなくて、まるでいつもみたいに父さんにやられるみたいでどこか温かい。
「でも泣かなかったもんな、エライエライ」
付け足して笑った顔はまだ暗い森でよく分からなかったけれど、父さんと自分と同じような深い赤い髪色だった。
「ありがとう、お兄さん」
「今度は気をつけろよ。じゃあな」
手を振って別れれば森の出口はすぐそこだった。
「リッド、どこ行ってたの!? かくれんぼ終わりって言っても来ないんだから!」
「あ、ごめん」
「ふ、二人とも待ってよ〜!」
森を抜けるとすぐ傍に二人がいた。ファラは困ったような怒ったような顔をして、その後方でキールが走ってくる最中に転んでいるのが見えた。
いつも通りのラシュアン。
森へと振り返ってみるとそこには誰もいなくて、夕日を浴びた森はここからみればやっぱり綺麗なだけの森だった。
そうしていつの間にか雨は止んでいてファラもキールも全く濡れていなくて、雨が降ったことも知らないなんて返されたのは酷く不思議なことだった。
別れる間際に太陽の光が差して、青年が少し驚いた顔をしていたのをリッドは知る由もなかったけれど。