ひらりと閃く色を見つけた。
 視界に入るそれが気になったのはもう随分と前の事。


「ねぇ、アンタ切らないの? それ」
「は?」
 人差し指を軽く向けるとその人物は少し驚いたように目を丸くした。
 復興と銘打ったらしいクレス達の村は、私が来た時にはまだまだ聞いていた惨状が見て取れるような爪痕も当然ある。
 それを一つ一つ投げ出さないのは、クレスや目の前にいるチェスターだ。産まれた場所だったり長く住んだ場所だったりと思いれがあるからだろうか。ただ、ミントに至っては私と住んでいる時期はそう変わらないから、やっぱりクレスの育った町だからと言う理由なのだろうけど。
「それって……」
「髪よ髪」
「ああ、髪ね」
 納得したように頷いて首を傾げる。
 今日はやる事もひと段落してクレス達と一緒にユグドラシルの場所まで足を伸ばして前みたいに食事でもしようかという話になっていた。
 ミントとクレスは一足先に向かっているだろう。二人っきりにしてもしなくても見ていて恥ずかしい空気を醸し出しているのを見るのももう慣れ切ってしまった。

 怪訝そうな顔でこちらを見ているチェスターは首を傾げる。
「なんでいきなり」
「や、別に気になったから言ってみただけ。クレスは短髪じゃん? 差別化でも測ったの?」
「なんだそれ。理由なんてねーよ、あいつに会う前から俺、髪型ほとんど変わってねーし」
 ふーん、と相槌を打って笑みを作る。
「そんなんじゃアンタハゲるよ」
「お前に言われたくねぇよ! ポニーテールばっかのくせに」
「えー私の他の髪型も見たいの? そうならそうと」
「言ってねぇ」
 ぴしゃりと言われた否定の言葉にぶーっと頬を膨らませて見せると、チェスターは笑って待ち合わせの場所へと身を翻す。その身体の反動で水色の髪がさらりと揺れた。
 クレスといいチェスターといい、男の子のくせに随分と綺麗な髪だ。髪は女の命、なんて言葉があるように私やミントはそれなりに手入れをしているのに旅の間、寝起きの二人は髪を掻きながらボサボサの頭をしていたけれど、二、三回櫛をいれればすぐにいつもの髪型になっていた。
 羨ましい、なんて言ったら馬鹿にされるだろうけど、そう思えるくらい綺麗だ。
 綺麗すぎて少し妬ましいくらい。

「……髪長いの変か?」
「え、なんで?」
「なんでって、いきなりお前が言うからだろ」
 ということは少し気にしてくれたのだろうかと笑みが浮かびそうになる。でもそこはなんとなくの意地で別にと口を尖らせてみせる。
 短くても長くても待っていたのはこのチェスターだ。チェスターを待って、クレスを待ってミントを待っていた。百年は長くて長くて、特にクラースとミラルドが居なくなってからは本当に長すぎたのに、どうしても待つ以外は出来なくて、でもやっぱり待ってて良かったと思えたのは今がとても楽しいから。
「……変じゃないわよ」
「え?」
「むしろ! アンタのそれ以外の髪型を想像するとなんか笑っちゃう」
 へへーん、と前のように笑ってチェスターに足を並べる。


 ああ、私は今、昔のように笑えているだろうか。前と変わらないって皆思ってくれているだろうか。
 長い長い百年の中。私は変わってしまっていないだろうか。
 不安なんでいくらでもあって、彼らは当たり前だけどちっとも変わってなくて、私だけ取り残されていないだろうか。私だけ遠くに行っていないだろうか。
 だってね、私はまだ、変わりたくなんかないんだよ。


「……あっそ」
 らしくもなく思考を飛ばしていた私を呼び戻したのは酷く素っ気ない言葉と、それと裏腹な優しい掌が頭に降る音だった。
「なによ」
「うっわ、可愛くねーな」
 それでもぽんぽん叩く音は止まず変わらず、子供扱いのようなそれに苛立ちは浮かばない。
「そのうち変わるかもしんねーけど、今の所はこのままにするからよ」
「……うん」
「別にお前が変わっても変わらなくても根本的なことは変わねーだろうし」
 見抜かれていたと肩が少し動いてしまったけれど、少し顔をあげる。
「……根本的な所って例えば?」
「えっ」
 ふと気になってまじまじとチェスターを見上げれば、そこまでは考えていなかったのがありありとわかる顔をしている。
 やっぱり変わっていない。
「…………えっと、作る飯がまずいところ?」
 視線を彷徨わせて、頭においていた手を自身の頬を掻くようにしてなんとも雰囲気に不釣合いな一言を言ってくれた。本当に、変わってない。

「はぁ!? なんでそこで料理がでてくんのよ! てゆーか、前よりはできるようになったし」
「どこがだよ! 大体おにぎり失敗するってどういう調理してんだお前は! つーか、調理いらねーだろあれ!」
「あれは……焼きおにぎりだって言ったじゃん?」
「炊けてねーし焦げてたし! ミントのは出来てたろ、何で一緒にやって同じもんが出来ねーんだよ」
「うっさい! ちょっと失敗しただけじゃん」
「いやだからおにぎり失敗って訳分かんねー……なんでパフェ作れておにぎり作れないんだか」


 呆れ切った言葉のチェスターを見れば、それでも楽しそうに笑っていたから思わずアーチェは面食らう。そういえば最近はこんな口喧嘩もしばらくしていなかったと思い出す。
 やっぱりまだこの感覚は懐かしい。
 でもこれから懐かしさより昨日の出来事になって明日の出来事になればいいしきっとなれるはず。
「チェスター、私が良いって言うまで髪、短くしちゃダメだからね」
「はいはい……じゃあ、お前もな」
「……ん」
 静かに頷いて、いつもの元気を取り出そうと右手を高くあげて返事をすればチェスターは少し顔を逸らした。それが照れているからだとすぐに分かった。


 ハーフエルフよりも更に永い永い時間を生きるエルフが里に篭る理由は、時間を共有できないから変化を怖がるからかも知れない。だとしたらその気持ちは少しわかるけど。
 この色と、緑の先にある色が、手に届くことを知りながら見られないままなのはやっぱり悔しい。
 だって、茶と金とピンクが混ざって、視界にあの色が翻れば、今の私にとっての世界の全ての色が集まっているのと同じなのだから。

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