街の象徴の花が、芽吹く時か蕾か満開かはたまた散り去る時か。
 どれが綺麗だと思うかと聞かれて返せば、らしいと君は笑うのだ。


 花弁で敷き詰められた地面に触れて、まるで絨毯のようだとそれと同じ色の髪を持った人は恥ずかしげもなく満面の笑みで笑った。
「やっぱ、満開が綺麗なんじゃねぇの? 見てても華やかだろうし」
 いつかの旅の始まりの時に立ち寄った街で、前々に言っていた花見をしようと言い出したのは他でもないエステルだった。
 それを聞いたユーリは行動している場所も時間帯も不確定な、ギルドメンバーの予定にある程度合わせてくれるなら、と了承の意を伝えたのはつい最近のことだ。ちなみにエステルが発起人となればリタは、余程の用事がない限りすぐに了承するだろうと予想しており、まさにそれは的中するのだが。

 レイヴンは、勢いのまま酒を飲んでいるのかカロルとパティを無理矢理巻き込んで騒ぎまくり、それをリタがうるさいとこれまた大きい声で制止し、それらを微笑んで見ているジュディスは用意した食事としっかりと口へ運んでいる。人数に反してどこの花見客よりも酷く賑やかな場面を続けているメンバーを見つめながらユーリは用意された料理、とくに甘いデザートを中心に平らげていく。
 いつもの相棒はこの暖かな気候に気持ちよくなったのだろうか、少し隅っこで寝ているのを見つけてその視線を先ほどから上ばかり見ているエステルへと向ける。
「で、エステルは?」
「はい?」
「花。どの状態が好きなんだ?」
 言葉通り花見を続けているエステルはぱちくりとその大きな瞳を何度が瞬いて首をかしげて数十秒止まった。
「おーい、エステル?」
「……うーん……」
 唸るように首をかしげたままのエステルに、ユーリは苦笑せざるおえない。
 いつだってほとんどの事柄を瞬時に選択するユーリとはエステルはなにしろ正反対なのだ。それは命取りになるし慎重であるともいえた。迷ったままではいけないこともあるが、今回は全く当てはまらない事柄なので咎める気は毛頭ないけれど。
 どうせ、と自分の答えを告げようとしたら、ぱちんと白いグローブをつけた自身の手を合わせて困ったように笑ってみせる。
「決められないです。全部綺麗ですから」
 言った直後、いっそ拗ねたような表情になってため息を漏らしたエステルを、ユーリは一瞬見つめて吹き出した。
「え? なんで笑ってるんです?」
「悪い悪い。エステルらしいと思って」
 その答えが先ほどの自分の予想とあまりに当たっていたので、今度こそ前屈みになって笑う。顔を上げれば自分の長い髪が視界を隠すので右手で掻きあげて空を仰いだ。
 空は闇夜というよりも街全体を覆うんじゃないかと思うくらいの大木の付けた花弁が舞い最早ピンク色だ。
「お花見楽しいですね」
「花見、してんのエステルだけだけどな」
「ユーリは違うんです?」
「俺は食いモン優先」
 目線の先の積み重なるようにしてある料理の列は、主にユーリとジュディスとパティで作られたものだった。その中からほぼ自分が食べるためだけに作ったレイヴン曰く「胸焼けを起こすだけの食べ物」を口に運びながらそう言ってのけると、エステルはくすくすと笑った。
「ユーリ、髪の毛に花弁がいっぱいくっついてますよ」
 口に菓子を詰め込んで花を見上げていると、エステルがユーリの髪を一房持ち上げてこちらへ見せる。
「ユーリの髪は綺麗で真っ黒なので、ピンクは目立ちます」
「……エステルは髪もピンクだから気づいてねぇかもしんねぇけど、結構引っ付いてるぜ、花びら」
 口の端を上げて頭のてっぺんの花弁を取って見せると、エステルは無表情のままふるふると頭を左右に動かした。相棒よりも動物っぽいその動きに更に笑みを深くする。
「わ、私何か可笑しいです?」
 よく分からないという表情でこちらを見るので、なにかからかってやろうかと言葉を探していると唐突に背後から声が掛けられた。


「おーい、青年! 嬢ちゃんとばっか話してないでおっさんの晩酌に付き合おうよー」
「ウザイって、おっさん!!」
「ユーリってばレイヴンどうにかしてよ〜」
「おっさんの口におでんでも突っ込んでおけば静かになるのじゃ」
「あら、それよりもおじさまにこの花びらを全部数えてもらうというのはどうかしら」
「……ちょっとちょっと、おっさんの思い出したくない過去掘り出さないでくれる?」


 旅の間と変わらない会話が繰り広げられてエステルがそれは嬉しそうに笑う。
 直後、丁度落ちてきた花弁を両手で捕まえて、もはや珍しくもないはずなのにまじまじと見つめてユーリへと向き直る。
「ユーリ、また今度もこうして皆で集まりましょうね。今度こそフレンにも来てもらって全員でお花見してみせます!」
 何しろあの騒ぎで一番出世したユーリの幼馴染は、その性格故かそれとも単に地位が高くなったせいか、仕事が格段に重要度を増し、また雑務も果てなく多くなったらしい。今日の花見も直前までは参加予定だったのだが結局来られなくなってしまった。
 尤も、エステルに対しての扱いに関して未だにフレンに小言を言われるユーリの立場からすれば今のほうが気楽といえばそうなのだが、いたからといってレシピに書かれたもの以外の料理を作ってこなければさほど問題はない。
「そうだな。今度もエステルが集めてくれるのか?」
「はい。ユーリ、来てくれます?」
「予定が合ったらな。期待してるぜ」
 同意してみせると嬉しそうに笑って、計画でも練ろうとしているのか早速リタの元へと駆け寄っていく。やはり犬かウサギか、小動物みたいだと思った。

 ハルル特有の空気はとてつもなく過ごしやすくてエステルが今後、ここに住みたいと言い出したのも分かる気がする。まだそれを実行に移すほど世界は新たな状況に対応しきれていないし、そもそも彼女は皇帝候補であった人で、今やれっきとした副帝である。ユーリは内心、ここに住めるようになるのは彼女が今の自分と同じ年になるくらいの時間はかかるんじゃないかとは思うけれど。けれどきっと、彼女はその見た目に反した意志の強さで早々にその目標を現実にしてしまうんじゃないかという、期待めいたものも少しはあった。
 城なんかで過ごしているより彼女の願いは叶う気がするし、いつかエステルに言われた正面から城へ入るという行為もやらずに済む、と自分勝手な理由を頭の中で並べあげて髪に付いた花弁を一つ取り上げる。
 こうして花弁は最終的にひとつひとつばらばらになって結局は散るものだけど。それすら綺麗だという奴が言うならまぁいいか、と何個めか分からない菓子を口へ入れてもう一度大木を見上げた。
 一瞥してユーリはゆっくりと腰を上げて、先ほどから変わらず騒いでいる輪の中へ入っていった。そうして一段と騒がしくなった花見は結局、夜が深くなるまで続いていく。

 精霊を宿した大木に咲く花は、こうして見守るように舞い踊っている。

花片、集合処