そういえばなんでこの人はよくも遊び呆けているくせに、こんなに人に愛されていたのだろうかとよく思う。
 オッサンなのに。変なジャージ着てるだけのオッサンなのに。
「……ただの臭いオッサンだったのに」
「ちょ、おま! 今私の陰口言っただろ!」
「僕はただ臭いオッサンって言っただけです。それでそう思うってことは自分自身そう思ってるってことですよ」
 公園で前と(前世なんて言ったら可笑しいけれど、まさしくその通りで)変わらずにクローバーを探し回っている(非常に不愉快だが)僕の先輩を軽くあしらう。
「ぐぐっ、お芋のくせに……っ」
 何一つ変わらない悪口に飽きれながらも芋じゃねーよと返すと、満足したのかまたクローバーを探し始めている。
「せんぱーい、なんでクローバー探してるんですか、アレにも挟んであったし」
 好きなんですかと聞くときょとんとした顔を向けられる。あ、今の顔、凄い年下に見えるなんて思っていると首を傾げている。
「いや、別に」
「え、好きでもないのにそんな探し回ってるんですか? 意味不明なんですけど頭可笑しいんですか……ああ、いや可笑しいんですよね。すみません当たり前なこと聞いて」
「ちょ、オブラート! オブラートって言葉を覚えて!」
 酷いぞ、と恨めしそうに言う姿も見慣れていて、正直何にも心ゆさぶれ無い。
「覚えてます、ただ使いたくないだけです」
「ええー……本当に酷いな、お前」
 疲れ切ったような顔をしたけれど、またがさがさとクローバーを探す。四つ葉のクローバーなんてそんなに手に入れたいのだろうかと思う。
 あの世界より決まりごとは多いけれどずっと豊かなこの時代にそこまで幸せを求める必要なんてあるのだろうかなんて少し考える。

「自然界で四つ葉のクローバーが出来る理由って知ってる?」
 思考回路を打ち壊したのはその突拍子もない一言で、そんな事知りもしない僕は首を横に振る。
「クローバー、白詰草は基本三つ葉だろう? 四つ葉はその成長過程で傷が出来たことで葉が増えるんだよ。つまり四つ葉はもともと三つ葉であってその葉一つ分が二つに別れたのと変わらないんだよ」
 人差し指をひらりとあげて空に向けた。その先の青さがいつかのジャージの色のようで少しくらりとする。
「でもなんだかなぁ、と思わなくはない? 幸せの代名詞は傷が原因なんてさ」
「はぁ」
 気の無いような返事はただ(教える気はないけれど)単に感嘆からくるものだった。
「四つ葉は確かに十字架に象られているからこそのその云われなんだけどね、結局人間の創造に付き合わされているだけさ」
 僕の返事に苛立つでもなく、その話を自慢げでもなく言う言葉は何を持っているのかは分からない。けれど彼はちょっと悔しそうに(まるでそう、自身の死期を早くから理解した時みたいな)苦笑を零して続けた。
「四つ葉自身は三つ葉になりたいのかも知れないのにね。本来の、なんの傷もない姿に」
 たがら探すんだよ、と言われて僕は何も口にはしなかった。
 その顔はまさに自分のことを指しているようで、本当は自分を格神化したあまりにふざけた話だと罵倒したかった。
 けれど彼の過去は(前世は)四つ葉のクローバーよりもかなり突飛で秀でているような稀有な存在だった(それを僕は大変悔しいことに誰より知っていた)それにその寂しそうな顔が、いつかの(最期の)表情と重なって僕はまた眩暈がする。
「っ、気分でも悪いんですか」
「なんだとう? 私だってたまにはアンニュイな気分になったって……」
 くるりとこちらを向くとその顔は幽霊でも見たかのように開かれて、一度意味の成さない母音を口にしたあと僕に少し近づく。
「……うん。ごめんね。ただ久々に感覚が昔になっただけだ。感傷という奴だな、うん」
 そんなことを告げるのは僕の考えを(あの時代の彼が居なくなる数年間のような笑顔は見たくないなんて思いを)理解したからだろう。

 そして、そういえば今はちょうどこの人の近くであの時代の話が出ていたんだっけと思い返す。
「アンタは馬鹿で可笑しいんですから、ただ、四つ葉でも三つ葉でも探してればいいんです」
「え、それ酷」
「酷くないです。それを言うなら勝手に納得して勝手にいなくなった太子の方が酷いですから」
 そう軽口みたいに言うと、ぐ、と口を阻んだからますます笑う。
「いいんじゃないんですか、別に本当の太子のことが現在に伝わってなくても、っていうか伝わってたら駄目でしょ」
「な、なんで?」
「聖徳太子が仕事はしないわピクニック大好きだわカレーばっか食べるわ臭いわ、最低ですよ最悪ですよ」
「そ、そんなに言うか……?」
 しょぼんとした姿はやはり先輩なんて思いたくもないけれど、(でもまぁ、僕が)

「でもまぁ、お前が覚えていればいいや」

「……え?」
 心の中の声が聞こえてしまったのだろうかと思うくらいのシンクロ具合に僕は思わず耳を疑い目を見開いた。
 彼はどうとったか、僕の言葉を聞いてまた拗ねた風な顔をした。
「なんだよ、覚えてくれてるんだろ。それでいいって言ってやったんだから、喜べ!」
 先輩命令な、と昔と変わらない笑顔がある。悔しいけれどそんな顔をするこの人を、ウザいと思っても面倒くさいと思っても、嫌いにはなれなかった。
 前と同じように学力が秀でてても知識が凄くても、子供みたいに遊ぶことしか頭にないこの人物のくせに(ああ、僕も馬鹿だな)一緒に居るのは、(うん、悪くはない)
「はいはい、喜んでおきますから、そろそろ帰りますよ。また来ればいいじゃないですか」
「えー四つ葉……」
 しょんぼりとしたままの人に背を向けて歩き出す。そのうち追いかけてくるだろうし、公園から出たら待ってやってもいいかと少し頭を過ぎる。
(四つ葉だろうと三つ葉だろうと、アンタはアンタですよ)


 だって、三つ葉でも四つ葉でもそしてそれ以上だろうとそれ以下だろうと。
 あのクローバーの先には白い花が咲いているのだから。

幸せについての花し