はたして本当に精霊なのだろうか。



 そんな感想を短い間に幾度となく抱いたのは、唐突且つ偶然に知り合った女であり、自らをマクスウェルだと名乗った人物だった。尤も、それを信じたのは産まれて初めて見た大精霊を直接召喚したからなのだけれど。でなければ彼女はそこらにいるただの女性と言っても差支えない。
 そう、ちょっと天然で、大食らいの、意志の強い瞳を持った女性。

 エレンピオスの地形すら詳しく、トリグラフの内情すら知っていたのはマクスウェルだからなのだろうか。情報が一年前のものが殆どだったのが少し気になったけれど。
 彼女の反応はどことなくずれていて隣を歩く小さな少女、エルもきょとんとしていることが多かった。詳しくどこが違うのかを言えはしないが、とにかく色々とずれている。
 偶然に集まった三人で偶然と旅を始めてまだ少し。
 基本的に彼女は真顔で冗談なんてものも言わず、ただ美味しそうなものを見て嬉しそうに笑っている。

 そんな中にひとつだけ、珍しい表情とかち合うことがある。たまに、けれど、いつだって同じタイミングだった。つかの間の休息にはよく見られる、ぼんやりと空や人間を観察している、その場面で声をかけたとき。
 彼女は一度驚いたようにこちらを嬉しそうに振り向き、少し目を見開いて止まる。その後すぐに元の表情へと戻り、声をかけた理由を聞き返す。

 一連の流れは一秒にも満たず、一瞬の変化だけれどその瞳に少しだけ失望や悲しさや切なさの混ざった色が見えた。初めて会ったときが一番強烈で、けれど未だその色は消えていない。
 まるで自分が楽しみにしていた物ではないものがプレゼントされてきたような、そんな寂しい表情。

 同じ表情を何度か見せた彼女に、好奇心で誰か待っているのかと問うた。すると首を傾げて、ふむ、と思考にふける。
「……ああ、そうか、私は待っているのだな」
 答えとしては酷く不可解な疑問文に近いそれを彼女は満足そうに呟いた。俺が分かったのは自分の問いが正しかったということだけ。

 待っているのは何だろうか、思いながらもそれだけに集中出来るほど今の状況は甘いものではない。待っているものが物なのか人なのか精霊なのか。それすらも分からず気にも留めず、次々に襲ってくる現実に向き合うためにそうかと話を終わらせた。





***





「ルドガー、イルファンに行けるのか?」
 リーゼ・マクシアについた途端、彼女は言った。王都イル・ファン。その街を声に出せば、いつも見られる瞳の色はがらりと変わった。希望、喜び、期待。すべてが正反対のそれに思わず目を見張ると、エルは、行ってあげようよ、とお願いをするかのように言い、二人の顔が覗き込むようにこちらを見ている。
 どちらにせよイル・ファンには出向く目的があったから了承すれば彼女は礼を言った。精霊に礼を言われる貴重体験を味わいながら、前に言っていたことを思い出し聞いてみた。待っているのはそこなのかと。
「ああ、会いたい人がいるのだ。やはり待つだけでは私らしくないと思ってな!」
 満ち足りたような笑顔は辺りを歩く人間のそれと差はみられず、自分の好きなものを待ち望んでいる姿だ。

 予定は少なからず狂ったが、なんとか着いたその場所は、今まで住んでいた場所とは打って変わり綺麗な街だった。
 彼女はキョロキョロとまるで初めて世界を見つけたかのように忙しなく頭を動かした。いつもならこちらの速度にあわせてくれている彼女は今回に限って当てはまらない。
 そして街の中心部まで歩いたとき、彼女は一度立ち止まり、一気に走り出してしまった。先程街の人に病院だと教えられた建物へと向かって行く。戦闘中のそれといっても憚らない速度に、エルが追いつけなくなったとき、

「ジュード!」

 待てという声すら届かないばかりか、出会って短い間の中一番の大声を聴いて驚きのあまり俺とエルは立ち止まる。二人で目を合わせて彼女の行動へと目を向けた。
 叫んだ名前に反応したのは黒髪の青年だったように見えたけれど、あまりのスピードで彼女が飛び込んでいくものだからすぐに見えなくなってしまった。彼は驚いたようにマクスウェルではなく、唯の彼女の呼称である「ミラ」と彼女の名を小さく放った気がした。

 俺とエルの目的と状況を、彼女は正確に理解しているのだろうかと思い悩みながら息を吐いた。隣には呆気にとられながらもまじまじと彼女を見つめ、そして未だ姿がよく見えない青年を見つめるエルがいる。
 今の自分たちの状況は決してのんびりできるものではないのだけれど、出会ってから、精霊しかもマクスウェルである彼女が俺たちに協力してくれたのだから、少しはいいかと我ながら楽観的に思う。そして彼女と親しいらしいあの青年にも協力してもらえないだろうかと都合のいい思いも頭を過ぎった。


 さて、彼女はあとどれくらいで俺たちを思い出してくれるのだろうか。
 こうして俺はずっと変わらない彼女に対する何度目かの感想をまた思う。

再会まであと、