なんかなぁと黒羽快斗は呟いた。

 天気は快晴、明日は休み、学校も友達がいてなかなか面白い。高校生である彼はその身分においてかなりの幸せを手にしながら、しかしぼんやりと自らの机に突っ伏している。
(平和そのものなんだよなー)
 ぐるりと思考を混ぜても平和ボケという文字が頭の中に浮かぶだけだ。つい最近までその頭の中にあったのは警察をどうあしらって目的の宝石を盗み出すかなんて考えで、今浮かぶ考えとは真逆でありだからこそ幸せなんだと噛み締められるのだけれど。
 こんな考えに慣れたのもつい最近でそれまでは全治いくらかの怪我で学校にすら顔を出せない状況だった。周りを散々やきもきさせながらやっと終えた目的を思い返す。
(あー、つまんね)
 何かないだろうかと最近はずっと探している。いっそ弱点克服ということでスケートでも練習しようかと思い始めて教室を開ける音が聞こえた。

「白馬君おはよう、久しぶりだね。またイギリス?」
「おはようございます。違いますよ、警視庁にちょっとね」
 会話はどんどんと近付いていき、ついには頭上に降ってきた。ぼんやりと顔をあげると幼馴染みとクラスメイト兼探偵でかつて夜によく出会った白馬探が会話をしている。
「警視庁って」
「ああ、事件ですよ。殺人事件。怪盗キッドじゃないです」
 言いながらこちらを覗き込んで面白そうな顔をされる。
「なんだよ」
「いえ、久々に黒羽君を見たと思っただけですよ。しかし、やはり似てますね」
「……だから俺は、怪盗キ」

「違いますよ。彼に似てるなぁ、と」

 は、と目を軽く見開いた。いつだって白馬が突っかかってくるのは怪盗キッドの正体についてだからでそれ以外は無いといっていいほどだったのだけれど。
「ええ? 快斗に似てるなんてそんな人居るの?」
「青子なんなんだよ、その俺に似てちゃ駄目みたいな言い方はよ」
 なんとも言えないその物言いに突っかかるが、青子は慣れ切った様子でにこにこしたまま言葉の通りよと言ってくれた。そうして話が逸れかかった中、白馬が口を挟む。
「居るんですよ、名前くらい聞いた事があると思いますけど」
 ばさりと新聞を広げられて小さな記事を指差した。一瞬白馬が新聞を持っている違和感を覚えたけれどすぐに新聞の内容に打ち消される。
「――!」

「あれ……この人」
「ええ、工藤新一です。この事件で偶然知り合ったんです。一瞬黒羽君かと思ってしまいました」
「えー? 顔は似てるかもしれないけど性格はきっと快斗よりずっと大人だよ」
 それを信じて疑わない彼女の発言に思わず頭を抱えたくなった。
(あれのどこがだ!?)
 思い切り反対したい意見は深く追求されると困るため憮然とする他ない。
 言いたいことなら山ほどある。開口一番でいきなりサッカーボールを顔面めがけて蹴ってきたりするところがどこが大人なんだとか。大人どころか今の今まで小学生だったんだっつのとか。
 けれど当然なに一つ言えずもやもやしているとそんなことはお構い無しに会話が続いていく。
「確かにそうかも知れませんが中々面白い人でしたよ。外見は本当に似てるんですよ」
「そうかなぁ? 新聞だけじゃよくわからないし、そうかなぁ……」
 じっとこちらを見てくる青子に色んな意味で目を合わせられずに逸らして白馬へと向ける。
「んで探偵同士駄弁ってたってか」
「いえ、事件解決してすぐに別れたんです。折角だから今日話でもしようかとは思っていますけどね」
 事情聴取があるのだと言う白馬に青子は相槌を打つ。
「そうなんだー。青子には分からない難しそうな話ししそうだね、二人とも」
 いやきっとホームズの談話だろうと快斗は軽く予想を立てる。白馬は言わずもがな工藤新一とも仮の姿でよくよくお目にかかったものだから趣味趣向くらい、基本的なところは抑えてあったのは怪盗として当然であったのだけれど。

 兎にも角にも面倒くさそうな二人だなぁ、と思いながら180度正反対の思考が頭をよぎる。
(名探偵も元に戻ったか。俺としては、一度ちゃんと会ってみたい気はすんだよなぁ)
 そんな結論に自分でも内心驚きながらも納得をする。
 だってあんな人物、同じ年で境遇は違えど何かしら接点を感じるなんて中々どころかきっと世界中探してもいないだろう。そんな彼をキッドとしてしか知らないままに終わらせておくのはなんだか少しもったいない気もする。それにこんなに退屈なのだ、少しくらい変わったことがあったていいだろう。
 それになにより。随分こっちの手を煩われてくれたのだし、貸し借りもどっちが多いか分からないくらいに増えているのだ。驚かせるくらい許されるだろうし、彼が気付かないならそれはそれで面白そうだ。ちょっとした意趣返しのようなものだった。

 そう思い立ったら吉日を地で行く快斗は白馬に問いかける。
「なぁその事情聴取終わったあとにそいつと話すのか?」
「え? ええ、彼も今日は用事が無いみたいなので」
「じゃ、俺も連れてってくれよ!」
「……え?」
 白馬はその場にいた青子と異口同音の酷く間の抜けた声を出した。