困惑しながらも了承したらしい白馬は授業が終わるなり、事情聴取へと急いで学校を後にした。
 その後、事情聴取を終えたという連絡を聞いて、自分も出向けばすぐに警視庁の建物が目に入る。きっと白馬もアイツも顔パスなんだろう、しかしそれでいいのか日本警察と思わないでもない。特にもう関係ないけれど怪盗キッドとしてはあの二人にはなかなか手を焼かせてくれたのだから簡単に出入りしてくれるなと思ったこともある、特に白馬。
「……本当に来る気ですか、君」
 警視庁の正面に堂々と立っている白馬を見つけて声をかければ呆れ返った声を返される。尤も、勢いで放った言動に、後には引けなくなっているだけのような気もしていたから、若干自分でも自分に呆れているところもあるのだけれど。
「まぁなー言った手前……って、あれ? 警視庁で話すんじゃねーの?」
 颯爽と歩く白馬は警視庁を過ぎてもスピードを緩めない。不思議に思って声をかけると、なんとも馬鹿にした様子でため息を吐いた。
「黒羽君……いくらなんでも高校生の雑談場に警視庁を選ぶわけ無いだろう?」
 常識的に考えたまえ、なんて付け足されてこめかみあたりがピクリと動く。
(オメーらに常識なんてあってたまるかよ!)
 大体にして警視庁長官を父に持つ白馬と、名実ともに名探偵と名高い工藤新一の行動の突飛さ具合は自分がよく知っている。
「くっ、白馬に常識を教えられるとは……」
「君ねぇ……それとも良かったのかい? 敵の総本山とも言うべき警視庁に足を踏み入れて」
 握り拳で悔しいポーズをとると笑みを浮かべた白馬がいる。
「何のことだよ?」
 それをいつものように去なせば彼は予想通りだったらしく笑みを崩さずくるりと身を翻した。
「まぁいいさ。それより君が工藤君に興味があるとは思わなかったよ。探偵、嫌いなんだろう?」
「別に嫌いでも好きでもねーよ」
「そうなのかい? 彼女がよく警察に協力している彼の話をしているのを見ている君は、随分と面白くなさそうな顔をしているからつい」
 肩をすくませて両手をあげる。よくある海外のドラマのリアクションのようだった白馬のそれは、彼の容姿と相まってとても日本人とは思えないほど似合っていた。
「……関係ねーよ」
 けれど放たれた台詞はとてつもなくからかいで満ちている声色だったのでふてくされるように言葉を返してみせて、更に続けた。
「大体、工藤新一って俺ら年代で知らない奴なんていないだろ? そいつと似てるって、直接会ったオメーが言うから俺もお目にかかりたいだけだよ」
「そうですか。ま、そういうことにしときましょう」
「……あんなぁ」
「さぁほら黒羽君、ここですよ」
 スルーされたまま白馬は先のファミレスを指差した。白馬もこんなとこ行くのかと少し驚いていると相変わらずスタスタと中に入って行くものだから、置いて行かれそうになって慌てて後をついて行った。


 ファミレスの中、少し奥の窓側に当たり前だけど普通に座っているのは名探偵に他ならなかった。
 待ってる間特にやることもないのかぼんやりと窓の先を見ている。けれど気配に気付いたのかふとこちらを振り返って笑みを作ろうとして一瞬止まった、ように思えた。
「ごめん工藤君、待ったかい?」
「いや、それはいーけど……白馬、そいつ誰?」
 気にしてないと首を降りそのまま指を面倒臭そうにこちらに向ける。犯人を指さすときよりも緩慢な流れだ。
「ああ、彼は」
「俺、白馬のクラスメイト。白馬があの工藤新一と会うって言うから俺が強引に着いてきたんだ」
 白馬の声に重なるように、迷惑だったか? と首を傾げながら聞くと胡乱げな目線を向けてふーんと相づちを打たれる。
「いや別に良いけど……って、なんだよ、あの、工藤新一って」
「へ? だって有名人だろ」
「…………」
 嫌そうな顔は初対面に対する対応とは思えない。ひょっとしてもうバレただろうかと内心ハラハラしながらけれどこの感覚は嫌ではなかった。
 そんな中白馬の携帯が鳴る。見るなり失礼と席を立った。
「ちょっと席を外すよ。せっかくだから食事を済ませとくってばあやに言っておくから」
「…………おう」
 会話をしながら歩き出した白馬を見送っていた名探偵が、「ばあやって……」と呟いたのを聞き逃さなかった。


「んで? テメーマジで一体俺に何の用だよ」
 前から頼んでいたらしいコーヒーを口にしながら向けられたのは、酷く嫌そうな顔だ。
「ちょ、イメージ違う! 工藤新一ってもっと穏やかなイメージだったのに! つか初対面でテメーって言うな!」
「馬鹿っ、大声で人の名前叫ぶんじゃねぇ! 白馬も居るんだから色々面倒になんだよ」
 さめざめと顔を手で覆いながら言うと慌てたように咎めてそれに、と続けられる。
「テメーの名前知らねーもん。まぁ別に知りたくも」
「あ、そっか! 俺は黒羽快斗、高校二年生」
 呆れた様子に気にもとめず自己紹介をする。
「黒羽……快斗?」
「おうっ、宜しく。工藤」
 名前を反芻した名探偵に笑顔で答えて、苗字を呼んだ。
「……なんで」
 握手を求めるかのように差し出した右手をひとつ睨んで工藤はこちらを真っ直ぐに見てくる。数秒して、はぁ、と殊更大きなため息が聞こえる。
「……なんで俺がコソ泥なんかと宜しくしなくちゃいけねーんだよ……」
(あ。バレてた)
 やはりというか当然というか、とにかく気づいていたらしくだからこそのあの表情だったのだろう。
(ま、だからと言ってみすみす自白しようなんて思ってねーけどな)
「? なんのことだよ?」
「うっわ、面倒くせぇ。つか白馬と一緒とか何考えてんだよ? なんでわざわざ俺に会いに来てんだ?やっぱり馬鹿にしてるだろテメー」
「だ、だからなんのことだよ!? 俺はよく似てるって言われる工藤に会ってみたかっただけだって」
「……あーそう。そう来るわけね……すげームカつく」
「ちょっ、名探偵! 怖い! てか痛い!」
 差し出した右手をぱちんと叩かれて騒いでみると、うっせーんだよ! と一喝される。ああ、やっぱり名探偵はこういう性格だったなぁなんて少し笑みが浮かぶ。
「ちぇ、名探偵ってば酷いー」
「あと隠す気があんならその呼び方辞めろ。俺の記憶じゃ俺のことをそう呼ぶ奴は一人しかいねーんだよ」
「よくわかんねーけど……じゃ俺が二人目ってことだな!」
 そう返せば工藤は心底疲れ切ったような顔で、もうどうでもいいと言わんばかりだ。呆れた顔を面倒臭そうに向けて一度小さく苦笑した。
「……お前も、終わったのか」
 呟くように言われた台詞に思わず目を見開くけれど、彼は気にもしないようにコーヒーを口に含む。
 疑問文でも肯定文でもない只の心の中の感想のようなそれに思わず口を開く。
「め、」

「ごめんごめん、長くなってしまったよ。もう注文してしまったかい?」
 何を言おうとしたか自分でも分からない言葉は白馬のおかげであっけなく四散して、なんだか肩すかしを食らった感が否めない。そんな様子を見ていた白馬は少し不思議そうに顔を傾ける。
「まだ。しかし白馬ってファミレス似合わねーよな、いつも何食うんだ?」
「いや、一度来てみたかったんだ、なにがあるのかなって」
「ハハハ……やっぱりかよ」
 物珍しい様子でメニューを見る白馬を見つめる。そんな様子に気付いたのか白馬はこちらに視線を向けた。
「やっぱり似てるね、二人」
「嬉しくない。つか似てねーし」
 こんな奴、と憮然とした表情をする工藤に白馬は申し訳無さそうに言葉を返す。
「やっぱり連れて来ない方が良かったかい? 初対面なんだろ?」
「……いや? ただ、白馬の友人にしては予想外だったかな」
 いや、がどこにかかっているのか分からないまま、けれどそこ以上に気になった単語を見つけて今度は白馬と顔を見合わせる。

「「友人……?」」

 自分とコイツが? と、お互いに思っているような口調に工藤はくっと噛みしめるように笑った。そんな顔初めて見たかもしれない。
「何笑ってんだよ工藤」
「そうですよ、工藤君」
「だってお前ら同じ顔して嫌そうにしてんだからよ。俺と黒羽よりお前らの方が似たもの同士なんじゃねーの?」
 笑いながら、実はちゃんと名前を呼ばれたことに驚いてそれを表に出さないようにして会話を続ける。
「でも工藤と白馬なんてもう知り合ってるもんだとばっか思ってたぜー? 俺」
 もちろんあの館のことを知っている俺からの言葉は、工藤にとっては微妙な一言だったらしい。凄く嫌そうな顔をされたけれど気にはしない。だって単純に言ってしまえば彼をからかうのは前から面白いのだ。
 前の時のようにスリルを伴う間柄とは少し違ってしまったけれど、青子をからかう時とはまた違った感じで暇は潰せそうで、なんだか最高の退屈凌ぎだと、俺は内心でほくそ笑んだ。

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