叔父が晩御飯を食べる側で、菜々子がお風呂に入ってそのままになっていたそれを再開させる。
「……お前もずいぶん可愛いことをしてるんだな」
「え? ああ、これですか? さっきまで菜々子に手伝ってもらってましたよ」
 飲み干した後のマグカップを視界に入れながら、目線の先の折り紙に手を触れる。
「またアルバイトか?」
「いえ。これはボランティアですよ」
 四角い色取り取りの折り紙が机に散らばっている。
 流石にアルバイトの手伝いを菜々子にさせる訳にもいかないと言いながら、作りかけを折る。
「へぇ、上手いもんだな」
「お父さん、お帰りなさい!」
 出来上がった物を手にとって言ったすぐ後で、菜々子の弾んだ声が聞こえた。暖かそうな格好のパジャマを見てそろそろ冬がくるのだとも思った。
「おう、ただいま」
「お父さんも折り紙する?」
「え? あー……いや」
 困ったような声で助けを求めるように視線が俺に寄越される。
 どう見ても微笑ましい親子なのに何処か噛み合わないような、あと一歩な気もするのだけれど。ここは子供として助け舟を出すべきだろうか。
「次は俺がお風呂入りますね」
「お、おい」
「菜々子、叔父さんに折り方教えてあげて」
「いいの!?」
「あ、でも二人で一つずつ折ったらもう寝ような?」
 付け足してみても久々に父親が起きてる間に帰ってきたからか、嬉しそうに菜々子は頷いた。
 立ち上がり際に告げたせいで、叔父は酷く狼狽えたような、恨みがましいようなそんな視線を俺に寄越した。それは戸惑いからくるもので、嫌では決してないのだと分かったし、なにより基本的に俺は菜々子の味方であるから、折り紙を準備し始めた菜々子の顔が満面の笑顔だったので何も言わずその場を後にした。

 湯気の広がる浴室はまるでテレビの中みたいだ。霧が充満する中、眼鏡無しでは何も見えない。何も掴めない気さえしてしまう。現実離れしたこの体験は果たして現実なのだろうかとすら思うほどに。
 中間テストをやって順位に一喜一憂したりした。この先には文化祭があるからその準備だって色々しなくちゃいけない。最近足が遠のいていた部活だって来いと言われているし。これからの出来事ややることを思い浮かべるとまるで何の変哲もないただの高校生活だ。今までペルソナをだしていたのはただの夢だったとしたら。
 そう思いかけて、つい数週間前、影に攻撃された跡を見つけて小さく頭を振る。ただのかすり傷だったから治すことすら忘れていた。かさぶたを見てやはりこれは現実だったと思う。

 お風呂から出れば案の定菜々子はもういなかった。叔父は寝る支度を始めた。
食事の礼を言われて、コーヒーの礼を返す。立ち上がり際に困ったような顔で「上手くいかないもんだな」と零して二人が折ったのだろう、それを指差した。
 叔父が離れてから机に目を向ければピンクと青の折り紙で折られている。
 意気揚々と菜々子が教える様も、なんだかんだと不器用ながら応えただろう二人の姿が思い浮かんで苦笑する。
 輪の中に入るのはとても勇気がいる。直斗も菜々子も叔父も皆勇気を出して足を踏み入れている。だから直斗はよく戸惑った笑みをするのだろうし、菜々子は父親と俺と皆で居たがるのだろう。この場合、新参者は俺だろうか、叔父だろうか。堂島家という箱からすれば誰もが新参者で、やっと家族になりかけているのだろうか。そうだといい。
 ならば俺も直斗のようにもう一つ勇気を出そう。あと少しの時間をこの先もずっと感じられるように。
 せっかくだしと、二人に合わせて色を選ぶ。叔父が青だとするならば俺はなんだろうか。そう思いあぐねつつ一つの色を手に取った。


 堂島家の朝はゆっくりとはじまる。朝の支度を終えてキッチンに立つ男子高校生は間違いなく少数派ではないだろうか。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう。簡単だけどおかず作ったから、菜々子はパン焼いてくれる?」
「うん」
 にこにこと朝から元気な声が聞こえたので、テーブルで一緒に食ようと支度を始める。学校に行く支度を終えた菜々子がパンを持って来てくれたので飲み物を準備する。
「あ、これ!」
「ん?」
 指差したのは昨日作った折り紙だった。折角だし完成するまで置いて置こうと思ったのだ。目ざとく見つけてくれた菜々子は笑いながらそれらを優しく触った。
「きいろはお兄ちゃんが折ったの?」
「そうだよ」
「わぁ、三人いっしょだね!」
 それを眺めて綺麗だと、笑う菜々子が小さく咳をしたのが聞こえた。
「どうした? 風邪でも引いた?」
「ううん、寒くもないし大丈夫だよ。ね、お兄ちゃん、今日は早くかえってくる?」
「うん。もう少ししたら文化祭の準備があるから、それまでは一緒に宿題して晩御飯食べような」
 笑顔が広がる。そのまま朝食を食べる。そんな毎日が続けばいいと思う。どうかこのまま事件が終息することを願って三つの折り紙を見る。千羽繋げて祈るだろうそれを見て、祈る気持ちが少しだけ分かった気がした。

 ピンクと青と黄色。
 形も折り方も様々な鶴がそこに存在している。

此処に要るべきもの