風に消えるような声も隣にいれば聞き取れる。
 それはそれは絶大な一言だった。……悪い意味で。


 一度壊れたものが前の状況を取り戻すということはとても大変なのは分かっている。けれどアイメンの図書館だけは復興が完全ではないからといっても、重要と思われる書物が多大にあるのが野晒しになるのがキールはとても我慢ならなかった。
「メルディ、頼みがあるんだ」
「はいな?」
 急に振られた言葉に首をかしげながらもメルディは先を促す。
「あの図書館の書物、ここに置いてくれないか?」
「えっと……まさかキール、全部か?」
 そのまま首を傾げて困ったように聞いたメルディは、キールが首を縦に振ったのを見届けた。
 こうなったら最後、キールは何を言っても実行するだろう。場所が広いわけでもないから少し困惑しながらもメルディは了承して頷いた。思ったよりも事がすんなりいったことに驚いてキールが顔を上げてみれば、メルディはころころと可笑しいことがあったように笑っていた。

「ワイール……すごい圧迫感だな……」
 へたり込んで息切れをしているキールの隣から呟いたメルディも座り込んでいた。
 彼女が了承してすぐ行動に移した書籍の移動は相当な時間を要した。簡単に運ぼう、とは言ったものの復興の手伝いをしてもらっている人たちはまだそう多くはなく、それを頼むのは気が引け、そうなれば結局二人だけの行動となる。図書館の本は大半が駄目になってしまってキールはますます肩を落としたが、無事なものを運ぶだけでもこの有様。それでもやはり自分の体力の無さを思い知らされる。なぜなら。

 ――おかしい。絶対におかしい。世界をそれこそ二つの世界といっても過言ではない、エターニア全部を回り廻ってきたはずなのに。……なのに、どうして僕はコイツよりも疲れているんだ?

 隣にいるメルディを見れば疲れてはいるものの、汗が出て久々に使っていない筋肉を使って疲れているというように見える。それに比べて自分と言えば息は上がり汗だくで意識さえ朦朧としている。もしかしなくても、メルディの方が多くの本を運んできたのかも知れない。本というものは嵩張る上に一冊で分厚く重いものだってあるから冊数なんて関係ないのかもしれないがやっぱりこれは男としてどうかと思ってしまう。
「これじゃ寝る場所しかないな! それにしても疲れたなぁ、キール?」
 なぜか少しだけ嬉しそうに笑ってこちらを伺ってきたメルディに、意地をはる勇気もないくらいに心底疲れていたキールはうなだれた様に頷いた。
「キール大丈夫か? 疲れたもんな、メルディ大丈夫よ? 飲み物でも持ってくるか?」
「……た、頼む」
 駄目押しのようなメルディの言葉に頷くしかできない自分がひどく悔しかったが、それでも二の句が告げないような状況を察したメルディは走って家の中から水を取って走ってきた。
 走っている、という時点で完全に負けている。負けている、というのは変な言い回しかもしれないがやはり華奢なメルディに比べてはるかに自分が体力的に劣るというものはキールとしては辛いものだった。
「はいな、……本当に大丈夫か?」
「……っ、ああ……ありがとう」
 飲んだ水は冷たくて全身に染み渡る。
 疲れているときの方が、余裕が無くて素直になれるのかもしれない。なんとか礼を述べてまたそのまま空を仰いだ。インフェリアの空よりずっと暗いセレスティアの空は完全に闇に包まれていた。

「……こんな時にリッドがいたら良かったのにな」

 誰かのように空を仰いだせいなのか、同じような格好をしていたメルディから声が漏れる。
 心の驚きとは反対にゆっくりとメルディに振り返れば、彼女は気づかないまままだ空を仰いでいた。今度こそ完璧にキールは項垂れる。

 ――傷に塩を塗るなんて言葉、ここで実体験するとは思わなかった。