「その、なんだ。ファラに、お前以外の男の方が頼りになる、って言われたことあるか?」
「……はぁ?」
 ファラ達がこちらへとやってきて数日経ち、それまでの頑張りもあってかなんとか落ち着くような状況になってきた。ファラはハキハキとともすればこちらが心配してしまいそうなほどよく手伝い、それをフォローする形でリッドもまた手伝ってくれている。そんな中、ファラが「リッドは言われればやってくれるんだから、自分からやればすっごくいいのに」と困ったような一言を発する。それはよく旅の間でも聞いたその言葉によって数ヶ月前の経緯を思い出したキールは、メルディとファラが部屋の内部の片付けをしているときにリッドに聞いてみたのだが、返ってきたのは冒頭の酷く引きつった顔に乗せた声だった。
「だからだな、ファラに」
「キールの方が頼りなるって言われたことあるかっていう意味かよ?」
「う……、まぁそういうことになる」
 前置きはさておき、こちらの伝えたい意図が簡単に伝わったことに驚く。いつになく察しがいいリッドに少し怖気ついてしまった。
「んなもん、嫌ってほどあるぜ」
「は、」
「大体なぁ、メルディと会った時にお前に会いに行ったのだって俺らじゃ分からないし、キールなら分かるんじゃねぇかってアイツが言い出したんだ。それがいい証拠じゃねぇか」
 そこまで言われて思い出す、あの頃はそんな状況よりもキールは自分自身が正しいことを知らしめようとすることに必死だったので考えもしなかった。リッドは諦めたような口調だったが、懐かしむように笑って見せたのでキールは疑問を浮かべる。
「悔しいとか思わなかったのか?」
「俺にメルニクス語が分かるわけねーだろ。未だにオージェのピアスに頼ってんのが殆どなのに。なんで悔しがるんだよ?」
 わけが分からないと首を竦めながら空を仰ぐ。いつまでたっても変わらない癖に苦笑が漏れた。
 その息を聞いたのか、リッドはこちらを向き直った。
「もしかしてメルディになんか言われたのか? 頼りない、とか」
 この場合の無言は肯定しかありえない、それを理解したリッドはにやりと企んだような笑みをこぼした。
「いつになったらそのコンプレックス取れんだよ。ちょっとマシになったかと思ったのに。メルディが絡むとなぁ……」
 ――だからコイツは昔から気に食わないんだ!
 最後の一言に思わずこぶしを握る。そうやって常に鈍感で興味もなさそうな態度をしているくせに、厄介なことだけに痛いところをついてくる。しかも大して意識もしていないから遠慮もないリッドと今のこの状況。キールにとって本当に性質が悪く、ますます気に入らない。
「ああもう! お前という奴はまったく!」
「なんで俺に怒るんだよ! 俺は何にもしてねぇぞ」
 首を傾げたリッドの疑問は最もだけれど、と思いながらも言葉を返すことなくキールは空を見上げた。まだ空は高い。

 結局キールが気にしているところはリッドがどうこうとかいうものではなく、メルディよりも体力がないという一点にあった。比べられた相手は猟師、しかも剣術においては昔から才能があったらしい奴だ。そんな奴に体力で適わないのは仕方ないと分かっている。自分は後衛なのだから。
 それでもメルディがキールよりも体力があるということをはっきりと露呈した後での一言が駄目押しになったのは言うまでも無く。そうしてどんどんと積もるイライラに立ち上がろうとした瞬間に後方から声をかけられた。
「ワイール、二人とも喧嘩か? 久々だな」
 気配を消していたかのように唐突に現れたメルディは片付けを一段落して帰ってきたらしい。
「フ、ファラは?」
「えっと、ご飯にするからキール達呼んできてだってな、それでキール達はどしたか?」
 驚きながらも確認すれば最後に先ほどの質問の答えを待っているようだった。先を促されるような言葉にキールはメルディから視線をずらした。
「べ、別に」
「メルディ」
 なんでもない、と言いかけたキールにかぶさるように聞こえた声の主はリッドだった。キールは止めろと言わんばかりにリッドを睨むが相手は幼馴染。そんなことで怯む相手ではない。
「キールがメルディに聞きたいことがあるんだってよ。じゃ、俺は先に行ってるから、ちゃんと聞いてやれよメルディ」
「? はいな!」
 右手をぴっと挙げて手を振るメルディには見えない角度で、心底面白そうに笑っているリッドをキールは見逃さなかった。
「な!? お、おい、リッド!!」
 思わず制止させようと声を挙げてもまるで何にも聞こえていないような素振りでそのまま去っていく幼馴染を数秒見つめた後振り返ってみるとキールの質問を待つメルディの視線とかち合う。
 やられた、と思わずうな垂れる。今度あの幼馴染に怪談話でも付き合ってもらおうかと一瞬頭に過ぎった。